主な参考資料
- Lucasfilm
- BFI
- American Cinematographer
- WIRED
- Industrial Light & Magic
- The Academy
インディ・ジョーンズ/最後の聖戦を配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
1989年公開。シリーズ第3作であり、ここから第4作まで劇場版は約19年間途絶えることになった。幽霊屋敷やアフリカの冒険など複数の案を経た開発は、ジェフリー・ボームの脚本で聖杯探しを父子の和解に重ねる方針へ収束し、初代ジェームズ・ボンドのショーン・コネリーを父ヘンリー役に据えたことで、活劇に家庭内の厄介事が持ち込まれた。編集段階でスピルバーグは映画が追跡劇に偏ったと判断し、主要撮影終了から数か月後にフォードとコネリーらを呼び戻してオートバイ追跡場面を追加している。製作費は4800万ドル、再上映分を含む累計世界興収は約4億7417万ドル、北米興収は約1億9717万ドルで、1989年の世界興収首位となった。父を探す映画がシリーズの着地点まで見つけたように見えたため、その後ハリウッドは約19年かけて「最後」という題名を撤回する口実を探すことになった。
シリーズ三作目となる本作の企画段階では、怪奇屋敷を舞台にした案や、不老の果実を守る孫悟空を登場させる「Monkey King」案など、複数の物語が検討された。最終的には聖杯を探す冒険へ、考古学者インディアナ・ジョーンズと父ヘンリー・ジョーンズの関係を組み合わせた。遺物を手に入れることだけを目的にせず、長く疎遠だった父子が同じ旅を通じて関係を変えていく物語として組み直した。
スティーヴン・スピルバーグは父親と一時期疎遠だったが、その後に関係を修復し、父の晩年にあたる約20年間は良好な関係を保ったという。ジョージ・ルーカスから聖杯探索の案を聞いた際、そこへインディと父ヘンリーの関係を重ねられることが、シリーズ三作目を進める理由になった。父子の物語は、冒険へ後から添えられた要素ではなく、本作を作る動機にもなっていた。
スティーヴン・スピルバーグが父ヘンリー役に望んだのは、初代ジェームズ・ボンドとして知られるショーン・コネリーだった。インディアナ・ジョーンズという人物自体が、コネリー主演の『007/ドクター・ノオ』(1962)以降の冒険映画を意識して生まれたため、スピルバーグは「インディの映画上の父」を演じられる俳優は彼しかいないと考えた。コネリーはハリソン・フォードより12歳上にすぎないが、年齢差よりシリーズの原点を優先した配役だった。
ショーン・コネリーは父ヘンリーを、単に年老いた冒険家としては演じなかった。中世史を研究してきた教授の知性を重視し、息子との関係にも意見を出して、脚本段階から人物像を整えた。ハリソン・フォードも、コネリーの提案によって初期脚本より役と映画に複雑さが加わったと振り返っている。城で救出される側だった父が、やがて知識と判断で息子を助ける構成には、この作り直しが反映されている。
完成版で脚本家として表示されるのはジェフリー・ボームだが、撮影前には劇作家トム・ストッパードがクレジットなしで台詞を大幅に直している。スティーヴン・スピルバーグは後年、ストッパードがほとんどすべての台詞へ手を入れたと説明した。ただし、どの一文を誰が書いたかを示す決定稿の比較資料は公開されていないため、個々の名台詞までストッパード作と断定することはできない。
1912年の若いインディ役にリヴァー・フェニックスを推薦したのは、ハリソン・フォードだった。二人は『モスキート・コースト』(1986)で父子を演じており、フォードは自分の若い頃を演じられる俳優としてフェニックスを挙げた。フェニックスは過去二作のインディをそのまま真似るのではなく、撮影現場でのフォードの姿勢、話し方、身振りを観察して役を組み立てた。成長後と同じ癖を見せながら、少年らしい未完成さが残る演技になっている。
冒頭の1912年パートは、若いインディの冒険を見せるだけの前日譚ではない。盗掘品を博物館へ戻そうとする考え方、鞭の使い始め、蛇への恐怖、顎の傷、フェドーラ帽との出会いを、一度の列車追跡へまとめている。ハリソン・フォードの実際の顎の傷まで、鞭を初めて扱った少年時代の失敗として物語へ取り込んだ。十数分で、観客が二作を通じて知っていた人物の特徴に連続した起源を与えている。
サーカス列車で若いインディがライオンと向き合う場面は、実物の動物と機械仕掛けのライオンの頭部を切り替えて撮ったと伝えられている。安全のためにありえる方法だが、確認できるメイキング映像や特殊効果スタッフの証言はまだ見つかっていない。制作事実としては断定しない方がよさそうだ。
サーカス列車の追跡では、インディがサイのいる車両へ落ちる場面のために、実物大の機械仕掛けのサイが作られたという。画面の危険と撮影の安全を両立できる方法だが、現物の写真、造形スタッフの証言、制作記録は確認できていない。本当に作られた可能性はあるものの、今は未確定の造形逸話として見た方がよいかもしれない。
1912年のサーカス列車には本物の蒸気機関車が使われたが、指定位置を通り過ぎた後ですぐに止めて戻すことはできない。機械効果監督マイケル・ランティエリは、列車上の俳優とスタントマンが安全に動けるよう手掛かりを隠し、さらに機械仕掛けの動物の動きを機関士への合図として利用した。キリンが首を動かすタイミングなどを見て速度と進行を合わせ、巨大な列車と演技を同じ拍子へそろえている。
衣装デザイナーのアンソニー・パウエルは、父ヘンリーの縞のシャツとツイードスーツを自分の祖父の服装から発想した。帽子、丸眼鏡、白髪も組み合わせ、ハリソン・フォードより12歳上にすぎないショーン・コネリーを、頑固な学者である父親として見せている。脚本上、ヘンリーには旅の途中で着替える場面がないため、同じ厚いハリスツイードをペトラの炎天下でも着続ける必要があった。コネリーが暑さの中では着られないと訴えると、衣装班は本物のツイードを撮影し、その柄を薄い綿のボイル地へスクリーン印刷した。見た目を変えず、通気性だけを大きく変えた代替衣装である。
飛行船の客室では冬のドイツを表すため、乗客が毛皮や厚い上着を着ている。しかしセット内は照明で暑く、汗をかきやすいショーン・コネリーは、カメラに映らない腰から下のズボンを脱いで父子の会話を演じた。ハリソン・フォードもそれに合わせ、二人とも上半身だけ正装した状態で撮影している。インディとヘンリーが初めて互いの不満を言葉にする真面目な場面は、画面外では暑さを避ける実用的な判断に支えられていた。
飛行船内でインディがエルザとの関係を認めた後、ヘンリーが自分も彼女と関係を持ったことを「寝言で聞いた」と明かす台詞は、ショーン・コネリーが撮影中に加えた即興だった。予想していなかった返答にスタッフが笑い、スティーヴン・スピルバーグはその台詞を完成版へ残した。説明を重ねずに、父も息子も同じ女性に翻弄されたことと、二人の張り合う関係を一言で成立させている。
ベルリン空港の場面には、サンフランシスコ湾のトレジャーアイランドに残っていた建物が使われた。現地の実在する建築を撮影し、背景を描いたマット画で滑走路や周辺の景観を加えることで、物語の舞台となる1938年のヨーロッパの空港へ置き換えている。
撮影監督ダグラス・スローカムは、一般的な長編映画が約300〜500のセットアップ、つまりカメラ位置や撮影条件の組合せで語られるのに対し、インディ三作はそれぞれ少なくとも1,500、場合によっては2,000近くに達したと説明している。特殊効果やスタントを同時に動かすため絵コンテで準備する一方、スピルバーグは現場でより良い撮り方を見つければ変更した。短いショットが次々につながる速度は、通常の数倍に及ぶ撮影単位を限られた日程でこなした結果である。
ダグラス・スローカムは本作の撮影時点で、約15年間露出計を使っていなかった。セットの照明を目で判断し、最後に計器で確認しても自分の判断とほぼ同じになるため、やがて計器そのものを持ち込まなくなったという。『ジュリア』(1977)や『華麗なるギャツビー』(1974)だけでなく、インディ三作も一ショットも露出計を使わず撮影した。巨大な神殿セットから強い日差しの砂漠まで、経験による目測で露出を決めている。
本作はパナビジョンのアナモフィック方式で撮影され、多数の70mm上映用プリントが作られることを前提にしていた。室内では主に細粒子のコダック95、砂漠など光が強い場面では47を使い、拡大上映やILMの光学合成を重ねても像が崩れにくい鮮明さを選んだ。スローカムは95を小さな試写画面では「きれいすぎる」と感じるほどだったが、大画面へ拡大される完成版を基準に判断している。
ダグラス・スローカムは、冒険中のインディを演じるハリソン・フォードには強い光を当て、傷や表情の線を隠さず、人物の荒々しさを出した。一方、大学で穏やかな教授として振る舞う場面では、単に顔を柔らかくするのではなく、同じ人物の「温厚な別の顔」が見えるよう照明を変えた。ショーン・コネリーにも若く見せる処理はせず、顔に刻まれた性格を利用している。本作で増えたクローズアップは、父子の表情の違いをアクションの合間に強く見せるための撮影だった。
撮影監督ダグラス・スローカムは若い頃、ダンツィヒで実際のナチスの動きをニュース映像として撮影した経験があった。それから約半世紀後、本作で再現された制服や旗を撮る仕事は、本人が報道カメラマンとして記録した現実の記憶と重なった。
本作は、ダグラス・スローカムが撮影監督を務めた最後の長編映画になった。スローカムは三本のインディ作品を通じて、古典的な冒険映画の明快な画面と、暗い洞窟や高速アクションを同じ撮影様式へまとめている。
戦車追跡のように、同じ破壊や走行を簡単には再現できない場面では、複数台のカメラを同時に回した。撮影映像をその場のモニターで確認できるビデオアシストを使い、実物車両、俳優、スタントの動きが各カメラへ収まっているかを確かめた。撮り直しが難しい一回の動きを、編集で選べる複数の角度から記録する方法である。
砂漠を走る戦車は、実在した第一次世界大戦期のMark VIIIを基に、特殊効果班が撮影用として一から組み上げた。俳優が上で格闘する走行可能な実物大車両とは別に、車体上部だけをアルミとゴム製履帯で作った約八トンの近接撮影用セットも用意した。後者はサーチライト用トレーラーを改造し、四輪駆動車で牽引しながら、両端の安全網で転落する演者を受け止めた。一台の戦車に見える場面を、用途の異なる複数の装置で撮っている。
馬から走行中の戦車へ飛び移るのは、ハリソン・フォードのスタントダブル兼スタント・コーディネーター、ヴィック・アームストロングである。難しかったのは跳ぶ瞬間だけではない。崖の縁に沿って馬を直進させ、戦車と並ぶ速度を保ち、手綱を離しても馬が減速や方向転換をしないよう進路を作る必要があった。完全な通し稽古はできず、最初の本番では着地点を外しかけたが、調整して撮り直している。
ハリソン・フォードは、インディが戦車の側面へぶら下がる近景の多くを自ら演じたとされる。安全索を付け、車体の速度を制御した状態で、顔が見える距離から戦車と地面の狭さを撮影した。より広い画角で行う危険な動きは、スタントダブルと分担している。
戦車の追跡は、当初は二日ほどで撮る短い場面として考えられていたが、準備を進めるうちに約十日を使う大規模なシークエンスへ広がった。インディが戦車の外で敵と戦うだけでなく、車内ではヘンリーがマーカスを助け、父子が別々の場所から互いの危機へ対応する構成が加わったためである。『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981)のトラック追跡の規模を再現するのではなく、同じアクションの中で父子関係も進める場面へ作り直した。
戦車上の格闘は実物大車両と部分セットで撮影したが、車体が崖から落下する瞬間には約四分の一サイズの模型を使った。地形と戦車を大型ミニチュアとして作り、落下の重さが小さな玩具に見えない速度で撮影している。直前まで人間が本物の車体へしがみつく実写を見せた後、危険で再現できない破壊だけを模型へ切り替える構成である。
ベネチアの地下墓地を埋めるネズミは、野生個体による病気を避けるため、撮影に向けて管理された環境で繁殖させた。水中を泳ぐ群れや炎が迫る場面では、生きた個体だけに頼らず、泳ぐ模型や燃焼演出用の偽物を混ぜている。大量の動物を扱う撮影には専用の保険も必要になり、一定数以上の損失が発生した場合に適用される特殊な条件があったとされる。飼育、輸送、衛生、保険と、動物を火へ近づけない撮影方法が別々に準備された。
ヘンリーが傘を振って鳥の群れを飛ばし、ドイツ機を墜落させる場面では、本物のカモメだけを使っていない。最初に用意したカモメが狙ったタイミングで飛ばなかったため、近い位置の飛翔には白い鳩を使い、砂浜に並ぶ遠景には小型の鳥模型も置いた。戦闘機へ群れが衝突する近接ショットでは、羽根を付けた十字形のパーツをカメラへ落としている。異なる素材を同じ白い鳥として連続させた場面である。
音響デザイナーのベン・バートは、城を包む激しい火の音へ身近な音を加工して重ねた。家族とのピクニックで発泡スチロールのコップをこすった音を録り、周波数を変えた複数の音へ加工して、炎のうなりへ広げている。地下墓地のネズミには鶏の声も混ぜ、銃、飛行機、車両は実物の録音と加工音を組み合わせた。身近な一音を拡大し、画面の大きさに合う別の物理現象へ変える設計だった。
ドノヴァンが一気に老化する場面では、ILMが三つの機械式人形とモーフィング技術を組み合わせた。ジュリアン・グローヴァーの頭部を基に腐敗段階の異なる人形をモーションコントロール(カメラや模型の動きを数値制御して繰り返す撮影技術)で撮影し、『ウィロー』(1988)で発展させた技術で境目を変形させている。衣服用の別パーツも合成し、全画面の実写画像をデジタル処理して連続させた最初の例になった。
ドイツ戦闘機が道路トンネルへ飛び込み、車の横を通過して翼を失う場面では、ILMが全長約210フィート、約64メートルのトンネル模型を作った。模型は八フィートごとの区画に分け、カメラを入れられるよう開閉式にし、屋外駐車場14台分を約二か月占有した。ハリソン・フォードとショーン・コネリーはブルースクリーンで撮影し、窓の汚れ、機体が巻き上げる土煙、地面の影を後から重ねて、模型内を飛行したように見せている。
父子がオートバイで逃げる場面は、主要撮影を終えた後、編集段階で前半に大きな追跡が不足していると判断されたため追加された。数か月後にカリフォルニアで撮影し、ヨーロッパの道路として、すでに撮り終えていた場面の間へつないでいる。
聖杯神殿の内部は俳優が演技できる実物大セットとして建て、崩壊の全景には複数の大型ミニチュアを使った。特殊効果班とILMは神殿を模型へ分け、油圧装置で傾きや崩落を制御している。聖杯が床へ落ちて亀裂が走るショットも、現場で割れ目を正確に伸ばすのが難しかったため模型と合成へ切り替えた。人物の近景と大規模崩壊を別の縮尺で作り、同じ空間へつないだ。
聖杯へ至る三つの試練は、同じ撮影方法を繰り返していない。回転する刃には俳優の周囲で動く実物装置、文字を踏む場面には崩れる床、見えない橋にはマット画とセットを使ったとされる。謎の内容に合わせ、危険を作る方法も機械、可動する床、遠近法へ切り替えた。
奈落に架かる細い橋は、表面を背景の岩壁と同じ色と模様に塗り、決められたカメラ位置から見ると背景へ溶け込むよう作られた。インディが砂を投げると橋の輪郭が現れ、カメラの位置が少し動くだけで、最初からそこにあった道が見える仕掛けになっている。
ベネチアのボート追跡は、別の水路を大運河に見立てたのではなく、実際の大運河で撮影した。制作側は一日だけ、午前七時から午後一時まで区間の船舶交通を制御し、その時間内に走行、衝突、俳優の近景を進めた。運河沿いの建物や日常の水上交通を完全なセットへ置き換えられないため、都市の機能を短時間だけ撮影スケジュールへ合わせたロケである。
ベルリンの焚書集会では、大勢のエキストラが右手を上げてナチ式敬礼をする。スティーヴン・スピルバーグは撮影時、全員にもう片方の手を背中へ回し、指を交差させるよう求めた。完成画面からはほとんど見えないが、忠誠を誓う身振りを演じながら、その誓いを無効にする仕草を同時にさせたことになる。歴史上の集会を再現するための衣装と群衆演技に、監督自身の拒絶を画面外で加えている。
企画段階では、聖杯神殿が崩れた後に一行が谷から脱出する、さらに大きなアクションを置く案があった。スティーヴン・スピルバーグは、ヘンリーが初めて息子を「ジュニア」ではなく「インディアナ」と呼び、聖杯を諦めさせる場面ですでに物語の頂点へ達していると判断した。そこで長い脱出劇を加えず、崩壊から生還した四人が馬で去る短い結末にした。冒険の勝敗より、父が研究対象ではなく息子を選ぶ瞬間を最後の決着としている。
聖杯の水をヘンリーの銃創へ注ぐと、傷が泡立ちながら閉じていく。特殊メイク班は傷の部分へ重曹を置き、水の代わりに酢を加えて発泡させ、治癒が進んでいるように見せた。同じクライマックスではドノヴァンの老化に当時最先端のデジタル合成を使っているが、父の傷には身近な化学反応を選んでいる。本作は作曲賞、録音賞、音響効果編集賞の3部門でアカデミー賞候補となり、音響効果編集賞を受賞した。
聖杯神殿の外観には、ヨルダンのペトラ遺跡にあるアル・ハズネが使われた。岩壁を彫って作られた実在の建築を入口として撮影し、俳優が聖杯を探す内部は撮影所の巨大セットとして別に建てている。外観と内部は、地理的にも制作上も異なる場所である。
ヨルダンでの撮影では、当時のフセイン国王が制作を支援し、王室の馬や輸送面の協力があったとされる。ペトラ周辺で大規模な騎馬場面を撮るため、文化財であり観光地でもある場所の条件に合わせて、人員、馬、撮影機材を動かした。
若いインディへフェドーラ帽を渡す盗掘者は、初期段階では『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981)に名前だけ登場する恩師アブナー・レイヴンウッドだった、という説がある。しかし確認できる完成稿では人物名が「FEDORA」と記され、アブナーと明記された初期脚本そのものは見つかっていない。公式雑誌の過去記事が根拠とされているため、その号の原文か該当する草稿が確認できるまでは、確定した開発設定とはいえない。
ハリソン・フォードが強風でも帽子を失わないよう、フェドーラ帽を頭へホチキス留めしたという話が広まっている。映像特典には、帽子を固定する相談の最中にホチキスを当てる冗談の場面があるが、実際に針を頭へ打ち込んで撮影した記録ではない。メイキング用の笑いが静止画や短い説明だけで伝わり、危険な固定方法を本当に使った話へ変わったものと考えられる。
ベルリンの焚書集会でエキストラが着たナチ制服には、衣装班がドイツまたは東欧で見つけた第二次世界大戦期の実物が含まれていた、という話がある。衣装担当者のアンソニー・パウエルとジョアンナ・ジョンストンが関わった点はクレジットで確認できるが、発見場所、実物の点数、「大半が本物」という割合を本人が説明した原文は見つかっていない。衣装台帳か担当者の完全な証言が確認できるまで、実物が混在した可能性と数量の主張は分けて扱う必要がある。
聖杯神殿の第一の試練には高さの違う二枚の回転刃があり、一枚を避けて深く伏せた者も二枚目で倒す仕掛けになっている。これを「立って祈るキリスト教徒と、伏して祈るイスラム教徒をそれぞれ殺すため」と説明する説があるが、脚本や特殊効果スタッフの解説には宗教別の標的という記述がない。確認できるのは、単に一度かがむだけでは突破できない二段構えの罠であることまでで、宗教的な意図は観客側の解釈である。
2021年の4K UHD化では、シリーズ四作品の映像をスティーヴン・スピルバーグが承認した。音響はベン・バートの監修下で、オリジナル素材からドルビーアトモス用に再構築している。過去の効果音を別の音へ置き換えるのではなく、元の音源を立体的な配置へ展開した家庭用映像ソフトである。