主な参考資料
- AFI
- Directors Guild of America
- Los Angeles Times
- Turner Classic Movies
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1973年公開。クリント・イーストウッドが監督した2作目の長編であり、西部劇では初の監督作である。カリフォルニア州モノ湖畔には、張りぼてではなく内部撮影も可能な町のセットが建てられ、14軒の建物、教会、二階建てホテルまで約18日で組み上げられた。撮影は約6週間で、予定より2日早く、予算内で完了したとされる。製作費約550万ドルに対し北米興収は約1,570万ドルで、効率重視のイーストウッド式演出は早くも結果を出した。地獄のような町を描いた映画だが、制作管理だけは妙に天国的だったらしい。
アーネスト・タイディマンがユニバーサルへ持ち込んだのは、完成脚本ではなく九頁の企画書だった。イーストウッドは風変わりな設定を気に入り、タイディマンと脚本化の契約を結んだ。当時は本作と『シノーラ』の二本の西部劇を準備していたが、映像を強く思い描けた本作を自分で監督し、もう一方はジョン・スタージェスへ任せた。九頁の段階で画面の構想が固まっていたことが、監督選択を分けた。
物語の出発点には、『真昼の決闘』の保安官が殺されていたら、その後はどうなるかという問いがあった。元の企画では、殺された保安官の兄弟が町へ戻り、見殺しにした住民へ復讐する筋だった。イーストウッドはそこから兄弟という説明を薄めたが、町が正義の側ではなく、過去の傍観によって裁かれる側に置かれる構造は残った。
脚本家アーネスト・タイディマンは、1964年にニューヨークで起きたキティ・ジェノヴィーズ殺害事件の報道から着想を得た。保安官が町の中心で鞭打たれ、住民が誰も止められないラーゴの過去は、都市の傍観を西部の共同体へ置き換えた設定である。ただし、事件をめぐって広まった「38人が目撃し、誰も通報しなかった」という説明は後年の検証で大きく修正されている。本作が参照したのは、現在確定している事件像ではなく、1960年代に社会へ浸透していた報道上のイメージだった。
エンドクレジットに脚本家として出るのはアーネスト・タイディマン一人だが、ディーン・リーズナーが最終稿を担当した。同時代の業界紙ではリーズナーがタイディマンの原案を基に最終脚本を書いたと報じられ、製作中の資料には共同脚本として載った時期もある。しかし、全米脚本家組合の仲裁では画面上のクレジットを認められなかった。イーストウッド自身も、タイディマン稿で不足していた要素をリーズナーと一緒に書き直したと振り返っている。
アーネスト・タイディマンは脚本だけでなく、自分の映画脚本を基に小説版も執筆した。バンタムが劇場公開と連動して刊行する企画で、1972年8月には業界紙で準備が報じられている。映画は主人公の正体を意図的に曖昧にしたため、小説版は脚本段階にあった設定や説明をたどるための同時代資料でもある。映画化の過程で何を残し、何を削ったのかを比較できる一冊である。
初期脚本では、流れ者は殺された保安官ジム・ダンカンの兄弟と明記されていた。イーストウッドは、町へ来てすぐ素性を告げれば復讐の理由が固定され、観客が「誰なのか、なぜ町を辱めるのか」と考えなくなるため、その説明を削った。ホテルで見る鞭打ちの夢と最後の墓標だけが関係を示す手掛かりとして残る。本人は役を演じる際には兄弟と考えつつ、観客には亡霊や復讐の使者という解釈も許した。
ユニバーサルは自社バックロットでの撮影を提案したが、イーストウッドは既成セットを使わないと決めた。スタジオなら建物も設備も揃っていたが、ロサンゼルスのスモッグと見慣れた西部劇の外観が入り込む。そこで、物語に合う簡素で孤立した町を遠隔地へ一から建て、町そのものを不穏な登場人物として設計した。監督第二作ではあったが、スタジオから大きな干渉は受けなかったという。
脚本の町は西部劇に多い砂漠の真ん中に置かれていたが、イーストウッドは水なしで町が発展する不自然さに疑問を持った。パウエル湖、ピラミッド湖、モノ湖を候補にし、車で各地を探した末、時刻ごとに色が変わるモノ湖を選んだ。塩分が高く、湖面へ船がほとんど出ないため、撮影背景に現代の水上レジャーが入りにくい利点もあった。湖は海水のおよそ二倍の塩分を持つ閉鎖湖で、南岸の凝灰岩塔も現実の地形である。
ラーゴの建物は、正面だけを並べた書き割りではなく、内部まで撮影できる立体的な町としてモノ湖畔に建設された。酒場やホテルの暗い室内から、強烈な日差しの通りへ人物を連続して歩かせられるため、室内と外景を別々の場所で撮ってつなぐ必要がない。色や露出が大きく変わる瞬間を一つの動きとして撮影でき、町の明暗そのものが物語の不穏さを作った。
ラーゴの建設については、46人の技術者と10人の作業員が一日10時間、18日間働き、14軒と二階建てホテルを造ったという数字が伝わっている。教会を含む町には約15万ボードフィートの木材を使ったという記録もある。外観だけでなく内部撮影ができる建物を短期間で揃えた規模は、イーストウッドが語る「簡素で安価な町」という方針を具体的な建築工程へ置き換えている。人数や木材量は資料によって記載が揺れている。
撮影は約五週間で行われ、編集者フェリス・ウェブスターとイーストウッドはモノ湖畔で初期編集まで進めた。最終編集はロサンゼルスへ戻って続けたが、遠隔地ロケの段階から、その日に撮った素材と物語の流れを確認できる体制だった。AFIの製作記録も1972年7月中旬から8月中旬を示しており、本人が述べた五週間とほぼ重なる。
湖畔のラーゴはカリフォルニア州モノ湖に建てられたが、流れ者が陽炎の中から現れる冒頭はネバダ州リノ郊外で撮影された。町の建物も湖面も見えない広い地平線で、人物が空気から現れるような登場を作り、その後にモノ湖畔のセットへつないでいる。撮影場所を分けたことで、ラーゴへ至る道だけが現実から切り離されたような距離感になった。
陽炎を拡大して画面全体へ重ねた。超望遠レンズでも馬上の人物を完全に見えなくできなかったため、イーストウッドは画面隅に写った陽炎を拡大してフレーム全体へ使い、空の画面から人物のいるショットへ溶け込ませた。熱の揺れが編集の境目を覆うため、流れ者は地平線の向こうから近づくというより、空気の中から徐々に実体化して見える。
酒場などの室内は暗褐色や焦げた橙色に沈み、外の通りは白く焼けるほど明るく撮られた。流れ者が酒場から表へ出るショットでは、暗い室内の露出のまま扉へ近づくと外光が大きく飛ぶため、移動中に絞りを変えて露出を追った。室内セットと外観を同じ場所に建てたからこそ、明暗差をカットで隠さず一つの動きとして撮影できた。
ブルース・サーティースは『真昼の死闘』(1970)でカメラ担当として参加し、照明を得意とするガブリエル・フィゲロアを構図の面で支えた。メキシコロケ中のある晩、イーストウッドとドン・シーゲルは、その働きを見て機会が来たら撮影監督へ昇格させようと決めた。のちに『白い肌の異常な夜』『ダーティハリー』『恐怖のメロディ』を経て、本作ではモノ湖の変化する色、陽炎、暗い室内を撮る中心人物になった。
ラーゴの町を設計したヘンリー・バムステッドにとって、本作はイーストウッドとの最初の仕事だった。バムステッドは『アラバマ物語』や『スティング』で知られる美術監督だが、当時はユニバーサルとの契約下にいた。イーストウッドがワーナー作品へ移ったことで協働はいったん途切れ、二人が再び組んだのは約十九年後の『許されざる者』だった。
ディー・バートンは、初期シンセサイザーと嘆く女声に、乾いたギター、細かな打楽器、フルオーケストラを組み合わせた。主題そのものは短調で旋律的だが、冒頭では不協和な電子音と落下するような女声が先に現れる。馬上の人物が陽炎から実体化する映像へ、時代設定には存在しない電子音を重ねることで、流れ者が人間かどうかを音からも曖昧にした。
ディー・バートンが当初用意した音楽は、完成版で聞ける範囲より長く、構成も広かった。映画では場面の長さや編集に合わせて曲が縮められ、電子音、女声、ギター、オーケストラの展開の一部しか聞こえない。後年のサウンドトラック盤は、スタジオ保管の音源から未使用範囲を含むスコアを組み直し、主題がどこまで発展する設計だったかを残している。
ジョン・ウェインは寓話としての西部劇を批判した。イーストウッドは、ウェインとは西部劇を見てきた世代が違うと受け止めた。本作は開拓者の日々の労働や入植史を再現するものではなく、保安官を見殺しにした共同体へ報復が戻る寓話として作ったためである。二人の対立は、史実らしさよりも西部劇が何を象徴するかをめぐる違いだった。
『恐怖のメロディ』に続く監督第二作であり、イーストウッドが初めて自ら監督した西部劇である。俳優としてはすでに『荒野の用心棒』三部作や『奴らを高く吊るせ!』(1968)へ出演していたが、監督として同じ型を反復しなかった。湖畔の町、超自然的な主人公、共同体全体への報復を組み合わせ、主演者としての既存イメージを怪談めいた寓話へ移した。
最後の墓地には、セルジオ・レオーネとドン・シーゲルの名前を刻んだ墓石が置かれている。二人はイーストウッドの俳優像と監督術に大きな影響を与えた人物で、後年の『許されざる者』も二人へ捧げられた。ただし、イーストウッドは墓石を「師匠や自分の過去を葬った象徴」とする解釈を否定し、必要な名前を借りて少し遊んだだけだと説明している。
鞭打たれて殺されるジム・ダンカン保安官を演じたのは、バディ・ヴァン・ホーンである。彼はドン・シーゲル監督の『マンハッタン無宿』からイーストウッドを支え、長年スタント・コーディネーターを務めた。初期脚本では流れ者と保安官は兄弟だったため、主演者の動きと身体を熟知する人物を回想へ置くことは、顔を完全に同一にせず両者を近づける配役になった。
流れ者が陽炎から現れ、町をゆっくり通り、馬をつなぎ、酒場へ入るまで約六分間は台詞がない。蹄の音、風、不協和な音楽、窓や玄関から向けられる住民の視線だけで、町が彼を警戒していることを伝える。最初の実質的な言葉は酒場でのビールの注文で、名前や来訪理由は説明されないまま、銃の腕だけが先に示される。
教会の壁には、イザヤ書53章3〜4節と記した掲示が置かれている。そこに見えるのは、侮られ、拒まれ、悲しみを知る者についての文で、町の住民に見捨てられ鞭打たれた保安官ジム・ダンカンを連想させる。さらに53章5節には鞭打ちと傷をめぐる表現が続く。一方、掲示に実際に書かれている本文はほぼ3節だけで、下部の「3〜4節」という表示には小さなずれがある。
2022年のキノ・ローバー4K UHDは、オリジナルカメラネガを4Kスキャンして新しいマスターを制作した。HDRとドルビービジョンを採用し、音声は5.1サラウンドとロスレス2.0を収録する。モノ湖の時刻ごとに変わる色、陽炎の粒立ち、暗褐色の室内、町を覆う赤い塗装という、本作で意図的に広げた明暗と色の差を同じ復元版で比較できる。
2022年版の付属ブルーレイには、三人の出演者インタビューが収録された。マリアンナ・ヒルの約束、ミッチェル・ライアンの町側の役、ウィリアム・オコンネルの床屋を軸に、それぞれ別の立場から出演と撮影を振り返る。加えて、当時の宣伝映像『イーストウッドという男』、二種類の音声解説、予告編、ポスター画像も収録され、公開時と後年の証言を一組のディスクで比較できる。
本作の流れ者は、イーストウッド自身にとっては保安官の兄弟だったが、観客には亡霊や復讐の使者にも見えるよう作られた。十二年後の『ペイルライダー』は、小さな鉱山共同体へ謎の男が現れる構図を引き継ぐ一方、本人は説教師を本当に大天使として考えたと説明している。本作では腐敗した町を罰し、後作では圧迫された鉱夫を組織するため、超自然的な存在の役割も反対方向に置かれた。
ラーゴを赤く塗るため、380ガロン、約1,438リットルの塗料を使ったと伝えられる。流れ者の命令で住民が町を「地獄」へ作り替える場面では、通りの両側、ホテル、酒場、教会が一つの色に統一される。通常の西部劇セットを装飾するのではなく、建てた町の印象を撮影途中で全面的に変える工程だった。数量の出所は不明で、伝承的な制作トリビアの域を出ていない。
「名無しの男」シリーズの正式続編、という話が『荒野のストレンジャー』にはある。確認できる範囲では、設定上の続編ではなく精神的に近い別作品と見るのが妥当だ。
主人公の正体を保安官の幽霊と断定する説明もあるが、映画は解釈の余地を残している。公式設定として一択に固定するより、曖昧さを楽しむ話だ。
モノ湖周辺の町セットがそのまま観光地として残っているという話もあるが、確認できる範囲では撮影用セットの現存としては扱いにくい。ロケ地巡礼情報とは分けたい。