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1973年公開。クリント・イーストウッドが監督した2作目の長編であり、西部劇では初の監督作である。カリフォルニア州モノ湖畔には、張りぼてではなく内部撮影も可能な町のセットが建てられ、14軒の建物、教会、二階建てホテルまで約18日で組み上げられた。撮影は約6週間で、予定より2日早く、予算内で完了したとされる。製作費約550万ドルに対し北米興収は約1,570万ドルで、効率重視のイーストウッド式演出は早くも結果を出した。地獄のような町を描いた映画だが、制作管理だけは妙に天国的だったらしい。
クリント・イーストウッドが監督・主演した初期の西部劇が『荒野のストレンジャー』だ。スターとしての無口なイメージを、自分の演出でさらに不気味な方向へ押し込んでいる。
劇中では町が赤く塗られ、名前まで地獄を思わせる場所へ変えられる。西部劇の町そのものを、主人公の復讐心を映す舞台装置にしている。
撮影ではカリフォルニアのモノ湖周辺に町のセットが作られたとされる。広い水辺と荒野の奇妙な組み合わせが、普通の西部劇とは違う異物感を出している。
ただの流れ者なのか、死者の影なのか。『荒野のストレンジャー』の主人公は正体があえて曖昧に描かれ、復讐劇が怪談のように見えてくる。
イーストウッドの無口なガンマン像はレオーネ作品を思わせるが、本作はより悪夢的な西部劇へ寄っている。英雄譚ではなく、町全体を罰する寓話に近い。
脚本は『フレンチ・コネクション』でも知られるアーネスト・タイディマンが担当した。犯罪映画的な冷たさが、西部劇の復讐話にも流れ込んでいる。
ディー・バートンの音楽は、正統派西部劇の勇ましさより幽霊話のような不安を膨らませている。荒野を広く見せるだけでなく、町の罪を響かせる音だ。
主人公は名前をはっきり持たないストレンジャーとして現れる。名前がないことで、個人の復讐者なのか象徴なのかを観客に考えさせる作りになっている。
西部劇の爽快さよりも暴力と罪悪感を前面に出すところが、『荒野のストレンジャー』の異色さだ。そこには後味の悪い復讐劇としての強さがある。
本作では悪役だけでなく町の住人にも罪の共犯性がある。主人公が町を守るヒーローに見えないため、西部劇の気持ちよさが意図的に崩されている。
町を赤く塗る行為は、単なる脅しではなく、住人たちが抱える罪を可視化する復讐のサインとして働く。『荒野のストレンジャー』では美術そのものが物語を語っている。
「名無しの男」シリーズの正式続編、という話が『荒野のストレンジャー』にはある。確認できる範囲では、設定上の続編ではなく精神的に近い別作品と見るのが妥当だ。
主人公の正体を保安官の幽霊と断定する説明もあるが、映画は解釈の余地を残している。公式設定として一択に固定するより、曖昧さを楽しむ話だ。
モノ湖周辺の町セットがそのまま観光地として残っているという話もあるが、確認できる範囲では撮影用セットの現存としては扱いにくい。ロケ地巡礼情報とは分けたい。
日差しの強い西部の風景を使いながら、物語はかなり暗い復讐劇として進む。『荒野のストレンジャー』は、明るい画面と不穏な内容がずれる復讐の寓話だ。