天国と地獄を配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
1963年公開。黒澤明がエド・マクベインの小説『キングの身代金』を土台に、小國英雄、菊島隆三、久板栄二郎と脚本を練り、原作の骨格へ独自の仕掛けを大幅に加えた現代劇である。身代金受け渡しの場面では、スクリーン・プロセスでごまかさず実際の特急「こだま」を貸し切り、8台のカメラを載せて、やり直しの利かない撮影を一度で仕留めた。白黒映画の中で煙突の煙だけをピンク色にする効果も現像処理で実現したが、撮影監督の中井朝一はなお課題が残ったと満足しなかったという。列車の速度も国鉄の運行も撮影工程へ組み込み、それでも反省点を口にするのだから、黒澤組では完璧主義のほうが時刻表より優先されたらしい。
権藤邸で身代金をめぐる場面は、約9分半を3台のカメラでほぼ一気に撮ったという。切り返しで逃げず、人物の立ち位置と視線だけで緊張を積み上げる。9分半の長回し級の対決だ。
権藤邸の室内は、広角寄りのレンズと絞り込みで奥まで見えるように撮られた。誰か一人の表情だけへ逃げず、同じ画面にいる全員の反応が監視される。全員が逃げ場を失う深いピントである。
身代金を投げる新幹線の場面では、8台のカメラを使い、毎秒24・48・100コマ近い異なる速度で撮影したという。高速の現実と、投げる一瞬の異様な遅さが同居する。速度の違う8台のカメラが緊張を引き伸ばした。
権藤邸のセットには当初二階があったが、画面の見通しを優先して外された。さらに庭には砂利の盛り土を置き、室内から外まで人物の動きが読めるようにした。見通しのために消えた二階だ。
権藤邸は一つの巨大セットだけではなく、場面ごとに使い分ける二つのセットで組まれた。豪邸の広さより、カメラが人物関係をどう見渡すかが優先されている。二つに分かれた権藤邸である。
モノクロ映画の中で、列車から上がる煙だけがピンクに見える場面がある。色のフィルターや合成を使い、犯罪の痕跡だけを現像したように浮かび上がらせた。モノクロを破るピンクの煙は忘れにくい。
犯人側を遠くから捉えるため、隠しカメラを使う案も検討されたらしい。だが街の条件や撮影の難しさから実現せず、別の方法で緊張を組み立てることになった。消えた隠しカメラ作戦もあった。
蒸し暑い夜に見える場面の一部は、実際には冬の屋外セットで撮影されたという。季節を逆向きにしてまで、街の熱と湿気を画面へ閉じ込めた。冬に作られた真夏の夜だ。
新幹線の乗客は、ただ座っているだけの背景ではない。上流の人々に見える服装や雰囲気を選び、権藤の世界と列車内の空気をつないだという。階級まで乗せた列車の客席だった。
原作はエド・マクベインの犯罪小説だが、映画は舞台を横浜へ移し、会社と階級の対立を濃くした。誘拐事件はそのままでも、日本の経済成長を映す犯罪劇へ変わっている。
前半では三船敏郎演じる権藤が物語の中心にいる。だが後半になると警察の捜査劇へ重心が移り、映画のジャンルまで静かに変わる。主人公がすり替わる犯罪映画である。
2025年には同じ原作をもとに、スパイク・リーとデンゼル・ワシントンが別の映画を作った。黒澤版をなぞるのでなく、原作が持つ身代金劇の骨格が再び動いた形だ。60年以上後に続いた身代金劇である。