主な参考資料
- BFI
- The Criterion Collection
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1963年公開。黒澤明がエド・マクベインの小説『キングの身代金』を土台に、小國英雄、菊島隆三、久板栄二郎と脚本を練り、原作の骨格へ独自の仕掛けを大幅に加えた現代劇である。身代金受け渡しの場面では、スクリーン・プロセスでごまかさず実際の特急「こだま」を貸し切り、8台のカメラを載せて、やり直しの利かない撮影を一度で仕留めた。白黒映画の中で煙突の煙だけをピンク色にする効果も現像処理で実現したが、撮影監督の中井朝一はなお課題が残ったと満足しなかったという。列車の速度も国鉄の運行も撮影工程へ組み込み、それでも反省点を口にするのだから、黒澤組では完璧主義のほうが時刻表より優先されたらしい。
エド・マクベインの原作『キングの身代金』から映画へ持ち込まれた中心設定は、誘拐犯が富豪の息子と間違えて運転手の子をさらうという一点だった。疾走する特急列車から現金入りの鞄を投げる受け渡し方法をはじめ、捜査の手順や都市の使い方には映画独自の仕掛けが加えられている。一つの取り違えを残し、その結果が家庭、警察、横浜の街へ波及するよう脚本を拡張したのである。
原作の誘拐犯は金目当てで動く三人組だが、映画では研修中の一人の医学生・竹内へ変更された。彼は暑く狭い街から丘の上の権藤邸を見上げ、その涼しく豊かな生活へ憎悪を募らせる。犯人の人数を減らし、金銭目的だけでは説明できない高低差への怒りを与えたことで、題名は住居の位置と心理の双方を指す構造になった。
撮影現場では、防音性の高いミッチェルNCカメラを基本的に二台ずつ使用した。人物が多い権藤邸や列車の受け渡しでは台数を増やし、俳優が一度の演技で作った緊張を複数の角度から同時に記録している。芝居をカットごとに分解するのではなく、連続した時間を複眼で撮ることが、長い会話と素早い編集の両方を支えた。
権藤邸の撮影では75ミリと100ミリのレンズが中心となり、広角で部屋を広く見せる方法は避けられた。感度80のコダック・プラスXを160、感度250のダブルXを500相当まで増感し、照明を当ててF16〜22、場合によってはF32まで絞っている。望遠レンズで人物間の距離を圧縮しながら、前景と奥の顔へ同時に焦点を合わせるための組み合わせだった。
本作の東宝スコープ撮影では、通常レンズの前にアナモフィック・アタッチメントを付ける方式が使われた。光学系とピントを扱う工程が増えるため、撮影助手はカメラ一台につき四人必要となり、二台を同時に回す現場には八人が付いた。大人数が横一列や前後に並ぶ画面は、レンズだけでなく助手たちの分業で成立していた。
現像は三つの施設を使い分けた。200フィートまでの短いテストは東宝砧の現像機、長尺の本番素材は東洋現像所へ送り、色彩を扱う部分は東京現像所が受け持った。撮影条件を確かめる日常工程と、白黒本編、桃色の煙を作る特殊工程が、それぞれ異なる設備へ割り振られていた。
権藤が身代金を払うか迫られる邸内には、約9分30秒から40秒に及ぶ長い場面がある。黒澤組は一週間かけて俳優と動きを稽古し、その後さらに三日間を照明へ使った。本番では三台のカメラを同時に回し、約1000フィートのフィルムへ収録している。十分弱の連続した緊張は、即興ではなく日数とフィルムを先に確保した設計だった。
横浜・黄金町の街路を、本物の通行人がいる状態で離れた場所から撮れないかという試みがあった。望遠レンズを付けたカメラを遠隔操作し、映像モニターで確認する方法までテストしたが、当時の装置では狙い通りに働かなかった。計画を切り替え、最終的には黄金町の街をセットとして建設し、雑踏と捜査員の動きを演出できる環境へ変えた。
権藤邸の撮影では、カメラが独自に部屋を見回すような装飾的な移動を抑えた。人物が立ち上がる、歩く、別の集団へ加わる時にだけ、パンや移動で追う。俳優の動きがカメラを動かすという規則を置いたことで、密室の会話が続いても画面の変化に理由が生まれ、誰が決断の中心にいるかが位置関係から伝わる。
権藤役の三船敏郎や戸倉警部役の仲代達矢を撮る際、左右の瞳へ一つずつ均一な光点を入れることが求められた。複数の人物が前後に並び、強い照明で深い絞りを使う場面でも、目の中の反射を崩せない。撮影助手が難所として挙げた一対のキャッチライトは、白黒の暗部に表情と視線を残すための小さな照明設計だった。
白黒撮影では、現場で十分に汚れて見える衣服や顔も、現像すると階調の中へ消えてしまうことがある。本作では汚しや傷を肉眼の約三倍まで強調し、山﨑努が演じる竹内の傷も通常より濃く作られた。セットで過剰に見える処理を、フィルムを通した時に自然な濃度へ戻す考え方である。
特急こだまが実際に走る中で行う身代金受け渡しは、簡単に撮り直せない。撮影隊は列車の内外へ八台のカメラを配置し、鞄を落とす便所付近は毎秒48コマ、列車の前後は20コマ、俳優の芝居は標準の24コマで回した。スローモーション、速度感、演技の実時間を一度の走行から別々に得るため、カメラごとに役割と速度を変えたのである。
身代金を投げる地点の候補となった酒匂川付近には、線路脇に二階建ての工事小屋があった。ところが走行中の列車からは形が読みづらいため、撮影のために上階を撤去して一階建てへ変えた。誘拐された子どもも砂利を盛った丘へ上げ、一瞬だけ窓を横切る視界の中で、小屋と人影を同時に認識できる高さを作った。
撮影は8月20日頃に始まり、12月まで約四か月続いた。全体の約一か月半を占めた権藤邸の場面が冬へずれ込み、物語上は真夏の夜であるにもかかわらず、撮影は寒い時期のオープンセットで行われた。窓を開けた室内と、暑さに追い詰められる犯人の動機を保つため、俳優たちは冬の空気の中で夏を演じた。
権藤邸は一つの建物だけで撮られていない。横浜の低地を見下ろす浅間台の高台に外景用セットを建て、東宝スタジオにも同じ構造を持つ室内セットを用意した。街との高低差が実際に見える場所と、長い会話を照明や録音まで制御できる場所を分けながら、扉や窓、人物の位置が連続する一軒の家として接続している。
焼却炉から上がる桃色の煙は、白黒フィルムへ直接色を塗ったものではない。煙の部分をマスクしてカラーポジの短い素材を作り、東京現像所で処理した。その後、完成した白黒の上映プリントへ色付きのカットを一本ずつ接合している。量産プリントの段階まで手作業を要する方法で、犯人へ近づく決定的な合図だけを色にした。
撮影用レンズには40ミリも準備されていたが、黒澤明は広角特有の見え方を好まず、本編ではほとんど使われなかった。空間の限られる腰越の自動車内でも、便利な広角へ切り替えず50〜70ミリ域で撮影している。部屋や車内を広く誇張するより、人物と背景の距離を圧縮して画面の密度を保つ選択だった。
権藤邸の複雑な集団場面では、俳優が現場へ入る前に代役が最初から最後まで同じ動きを繰り返した。停止位置は絨毯へテープで記録され、カメラ、照明、ピントの各部署がその印を基準に準備する。望遠レンズを使う画面で複数の顔を正確に配置するため、床上の位置情報が長い芝居の設計図になった。
権藤と竹内が向き合う面会室では、二人の間に何重もの鉄格子が入る。逆光を当てるだけでは線が十分に立たないため、スタッフは格子の表面をやすりで削って磨き、光を反射しやすくした。人物を隔てる檻を背景へ沈ませず、白く鋭い線として画面へ残すため、美術そのものの材質を撮影向けに変えている。
前半は丘の上の権藤邸に留まり、権藤が地位と財産を捨てて運転手の子を救うかという決断を凝視する。身代金の受け渡しが終わると、物語は戸倉警部たちの捜査へ移り、権藤は長い時間画面から姿を消す。中心人物を固定せず、密室の倫理劇から都市を歩く警察手続劇へ切り替える二部構成である。
後半の捜査では、電話の背後に入った電車の音、地図上の距離、8ミリフィルムに残った風景、誘拐された子どもの絵が手掛かりになる。どれか一つで事件が解けるのではなく、担当の刑事たちが調査結果を持ち寄り、横浜の地理へ重ねていく。種類の違う小さな記録を集団で接続することが、犯人の生活圏を狭める方法になっている。
犯人・竹内を演じた山﨑努は、当時まだ映画では新顔に近い存在だった。観客が有名俳優の顔から犯人を予測することを避けつつ、終盤で静かな医学生の外見と激しい憎悪を同居させる役を任された。とりわけ権藤と向き合う面会室の演技が強い印象を残し、本作は山﨑が映画界で注目を集める大きな転機になった。
国際的な英題「ハイ・アンド・ロウ」は、丘の上の権藤邸と低地の横浜という位置関係を直接示す。日本語の『天国と地獄』は、同じ上下を富と貧困、涼しさと暑さ、救済と憎悪の対立へ広げる題名である。竹内が物理的に見上げていた家が、彼にとって届かない「天国」となるため、地理がそのまま犯行動機の言葉へ変わる。
焼却炉から立つ桃色の煙は、後年の『踊る大捜査線』シリーズにも受け継がれた。制作側の説明では、同シリーズの色付きの煙は本作への敬意として用いられている。警察が追っていた物証の場所を、説明台詞ではなく一色の視覚的な合図で知らせる演出が、日本の別の警察物語へ引用された。
スパイク・リー監督の『ハイエスト・トゥ・ロウエスト』は、黒澤版だけをなぞるのではなく、同じエド・マクベイン原作から作られた現代的な再解釈である。舞台は1960年代の横浜からニューヨークへ移り、主人公も製靴会社の重役から音楽業界の大物へ変更された。子どもの取り違えと身代金の選択という骨格を残し、富が集まる場所と低地の現実を別の都市・産業で組み直している。
公開後に誘拐が増え、黒澤自身も作品が逆効果になったと語ったという話がある。ただし、出どころまでたどれる当事者の証言や制作資料は見つかっていない。そうだったのかもしれないが、事実としては言い切らない方がよさそうだ。
こだま車内の背景人物の多くは、撮影を知らない実際の乗客だったという話がある。しかし、乗客を乗せたまま撮ったのか、エキストラを配置したのかを説明する制作記録は確認できない。実在の列車を使った撮影から、背景の客もほぼ本物という話へ広がったのかもしれない。
『パルプ・フィクション』のダンス場面は、本作のナイトクラブ場面から直接着想されたという説がある。二つの場面に似た熱気はあるが、クエンティン・タランティーノ本人や制作側が本作を着想源として挙げた資料は見つかっていない。影響があったのかもしれないが、今のところは映画ファンの見立てとして楽しむのがよさそうだ。