2004年公開の135分の長編だが、出発点はネスレがキットカット日本発売30周年のため岩井俊二へ依頼した広告企画である。15秒や30秒のテレビCMではブランドの考えを描き切れないとして、2003年に全3章のショートフィルムをネット公開し、当時約300万視聴を記録した。短編は24フレームのデジタル映像として配信され、関連商品にはメイキング風の別視点映像を収めた薄型DVDまで同梱された。反響を受けた劇場版は短編へ大幅にエピソードを足し、花だけでなくアリスと宮本の視点も加えて長編化され、岩井は脚本・監督に加えて音楽にも名を連ねた。CMの尺が足りないという相談を135分へ膨らませたのだから、広告会議としては相当に気前のいい増量キャンペーンである。日本での正確な単独興行収入は今回確認できず、日本映画製作者連盟の2004年興行収入上位表にも掲載されていないため、推測値は記載しない。
劇場公開の前年、『花とアリス』はキットカット日本発売30周年のためのウェブ映画として始まった。一般的な15秒や30秒のCMに物語を押し込むのではなく、ウェブ上で章を追って見てもらう連作として企画され、鈴木杏と蒼井優がハナとアリスを演じた。企業広告から生まれながら、商品の説明より二人の関係を育てる時間を優先した企画だった。
参考情報:公開資料(日)
2003年に発売されたDVD付きキットカットには、ウェブ配信本編をそのまま収めるだけでなく、同じ撮影を別の視点から捉えた映像、メイキング、テレビCMが収録された版もあった。さらに一般から326人分の恋のエピソードを集め、鈴木杏と蒼井優が気に入った一編ずつを朗読している。商品パッケージが、本編の外側にある撮影過程と観客参加企画まで保存した。
参考情報:公開資料(日)
2004年10月発売の2枚組特別版DVDには、40日間の撮影に密着した65分のメイキング「Filming H&A 完全版」が収録された。特典ディスクだけで118分あり、期間限定配信だったウェブ版全三章四話、劇場用特報、予告編、テレビスポットも収めている。広告企画から長編へ広がった作品の複数の形を、一つのパッケージで比較できる構成だった。
参考情報:公式資料(日)
撮影に使ったHDW-F900は、当時のデジタル映画を代表するカメラだったが、広い範囲にピントが合いやすく、岩井俊二が求める映画的な浅い被写界深度を作りにくかった。そこで篠田昇と相談し、中判カメラのハッセルブラッドが結ぶ像をフォーカシングスクリーン越しに再撮影する光学系を考案し、F900へ組み合わせた。試作中にはガラスが飛ぶ失敗もあり、別の取り付け方へ改めながら撮影を続けている。
参考情報:資料・アーカイブ
鈴木杏によれば、本作のほとんどは朝の光を使うため、冬の早朝から撮影された。まだ暗いうちに起き、人のいない駅や通学路でロケをすることも多く、寒さと静けさの中でハナの場面を積み重ねたという。淡く人気のない登校風景は、照明で朝らしく見せたのではなく、実際の時間帯を選んで集めた光で作られている。
参考情報:公開資料(日)
終盤のオーディションで、アリスはその場にある紙コップと白いガムテープを足へ巻き、即席のトゥシューズにして約5分のバレエを披露する。蒼井優は幼い頃からクラシックバレエを続けており、制服姿の長い踊りを自ら担った。間に合わせの小道具と確かな身体技術が同居するため、モデル志望の少女が一瞬だけ本来の力を見せる場面になっている。
参考情報:公開資料(日)
岩井俊二は『花とアリス』の劇伴を、コンピューターへ向かって一人で制作した。打ち込みの弦がデジタルに聞こえないところまで近づけるため、エンニオ・モリコーネの音楽を繰り返し聴き、使えるバイオリン音源を数か月かけて探したという。終盤のバレエを包むピアノとストリングスも、監督が映像と並行して組み立てた音である。
参考情報:公開資料
岩井俊二は本作で、監督、プロデューサー、脚本、編集、音楽を兼任した。2003年のウェブ版を劇場映画へ広げる際には、新しい場面を書くこと、撮影済みの映像と追加部分を組み直すこと、全編の音楽を作ることまで同じ作り手が担っている。複数媒体にまたがった企画を135分の一作へまとめるための、強い一貫性を持つ制作体制だった。
参考情報:公式資料(日)
蒼井優と鈴木杏は同じ高校に通う先輩後輩で、学年は二つ違ったが昼食を一緒に取る関係だった。撮影中も二人で行動することが多く、岩井俊二はカメラが回っていない時まで走り回る二人を捉えた現場を、ドキュメンタリーのようだったと振り返っている。ハナとアリスの遠慮のない会話には、役作りだけでは作れない実際の距離が混ざっている。
参考情報:公開資料(日)
2015年のアニメーション映画『花とアリス殺人事件』は、2004年作より後に公開されたが、物語上はハナとアリスが出会う前を描く前日譚である。鈴木杏と蒼井優は11年を経て、今度は声の演技で同じ中学生役へ戻った。2004年作の直後から構想は存在しており、長く止まっていた「二人がどう親友になったか」という部分が、実写ではなくアニメーションで完成した。
参考情報:資料・アーカイブ(日)
2004年には、岩井俊二のオリジナル絵コンテを元にしたコミック『花とアリス』がKADOKAWAから刊行された。さらに2015年には、アニメーション映画として作られた前日譚『花とアリス殺人事件』を道満晴明がコミカライズしている。前者は2004年作の設計図に近い本、後者は別作品である前日譚の漫画版であり、単純に一つの漫画化としてまとめることはできない。
参考情報:公式資料(日)
栃木の駅と茨城の海をつないだ町。東京、神奈川、栃木、群馬、茨城などの場所を撮影し、編集によって二人の日常圏へ組み替えている。三人が歩く海辺には茨城県神栖市の波崎シーサイドパーク周辺が使われ、駅の場面には栃木県内の実在駅も組み込まれた。
参考情報:資料・アーカイブ(日)
撮影監督の篠田昇は、『Love Letter』『スワロウテイル』『四月物語』『リリイ・シュシュのすべて』などで岩井俊二と組んできた。本作でもHDW-F900へ改造した光学系を組み合わせ、デジタル映像で浅い被写界深度を作る実験を岩井と進めている。篠田は2004年6月に亡くなり、『花とアリス』が二人で手がけた最後の長編映画になった。
参考情報:資料・アーカイブ(日)
桜の投げ合いは休憩中の遊びだった。蒼井優と鈴木杏が休憩中に桜で遊び始め、それを見た岩井俊二が急きょカメラを回させた映像が本編へ採用された。二人の幼なじみらしい無防備な親密さには、役を離れた時間の遊びがそのまま残っている。
参考情報:公式資料(日)
浜辺の撮影中、出演者たちは砂の中から埋められていた死骸を掘り当てた。最初は人の遺体ではないかと考えて警察まで呼んだが、実際には地元の人が埋葬したイルカだったという。恋と友情を描く穏やかな海岸場面の裏で、現場では後年『花とアリス殺人事件』になぞらえて笑われるほどの騒ぎが起きていた。
参考情報:資料・アーカイブ(日)
蒼井優は『花とアリス』で、生まれて初めて白塗りの化粧を経験した。撮影前のテストでその姿を岩井俊二やスタッフに見られた瞬間、恥ずかしさがこみ上げて涙が止まらなくなったという。画面ではアリスの不思議な仕事の一つとして軽やかに過ぎるが、演じる側には人前へさらされる強い緊張があった。
参考情報:公開資料(日)
ウェブ版は当初三章で完結する予定だった。ところが制作中に物語の要素が増えたため、第二章「花の嵐」を「秘密」と「乱舞」の二話に分け、全三章四話へ変更された。章数と話数が一致しない独特の構成は、最初から決めた仕掛けではなく、ハナとアリスの物語が撮影中に膨らんだ結果である。
参考情報:公式資料(日)
2003年のウェブ版は、Windows Media PlayerとRealPlayerの二方式に対応し、56kbps、150kbps、384kbps、1Mbpsという四つの配信帯域を用意していた。視聴者が通信環境に合わせて映像を選ぶ設計であり、スマートフォン動画以前のブロードバンド移行期に作られた映画である。現在の劇場版には、その時代の配信実験から育った映像が組み込まれている。
参考情報:公開資料(日)
2003年3月から12月までに、ウェブ版『花とアリス』は約300万配信を記録した。劇場版はその映像を単に長くつないだものではなく、新しいエピソードを大幅に撮影して135分の長編へ再構築している。初期ブロードバンド上の反響が、広告用ショートを独立した劇場映画へ押し広げた例である。
参考情報:公開資料(日)
ショート版は、宮本へ近づくハナの側から物語を追う構成だった。劇場版ではアリスと宮本の事情を示す場面を加え、アリスの家庭、父親との再会、モデルオーディションまで物語の軸を広げている。同じ記憶喪失の嘘を扱いながら、長編では三人それぞれの言い分が見えるよう再設計された。
参考情報:公開資料(日)
『花とアリス殺人事件』の最後に二人が歩く場面は、2004年版冒頭の登校場面へそのままつながるよう設計された、という解釈がある。前日譚と実写版を重ねて見ると魅力的な読み方だが、岩井俊二や制作側が接続を明言した資料は確認できていない。画面の連なりを楽しむための仮説として置いておきたい。
参考情報:映画データベース(米)
実在駅の看板を石ノ森学園、藤子、水木などへ替え、隣駅名にも漫画家の代表作や登場人物を連想させる語を配置した、という話がある。画面内の駅名変更は読み取れても、それぞれの名称がどこまで意図的な漫画家ネタなのかを示す美術資料は未確認だ。細部を探す手がかりとしては面白いが、断定は避けたい。
参考情報:公開資料(日)
劇中のバタフライ広告に登場する「人気有名女優」は、叶美香だというキャスト情報が流通している。短い画面のため、公式クレジットや当時の出演記録で照合できない限り、本人役と決めつけるのは早い。気づくと少し楽しい候補として扱う。
参考情報:公開資料