主な参考資料
- Post Magazine
- The Academy
- Framestore
- TIME
- WIRED
- The Guardian
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2013年公開。アルフォンソ・キュアロンは息子ホナスと脚本を書き上げた時点では一年で作れると考えていたが、既存の方法では無重力を表現できず、制作は4年半へ延びた。撮影前に映像と照明の動きをほぼ完成させ、産業用ロボットでカメラを制御し、俳優をLEDで囲む「ライトボックス」を新たに開発するという、ポストプロダクションがプリプロダクションに先行する逆転した工程が採られた。長回しと俳優の演技を事前計算されたCGへ結び付ける必要があり、キュアロン自身も完成映像を見るまで技術が成立するか確信できなかったと語っている。製作費1億1,000万ドルに対し、世界興収は約6億8,466万ドルを記録し、日本でも興行収入32.3億円となった。宇宙へ出ずに無重力を撮るため、スタッフは地上で四年半も技術開発という重力に縛られたのである。
当初は少人数と二人の俳優で作る比較的小さな企画だった。ところが無重力空間を長回しで移動するカメラを実現するには、プレビズ、LED照明箱、産業用ロボット、顔だけを実写で撮る合成工程を新たに連結する必要があった。一年の想定は四年半へ延び、映像が完成してから俳優を撮るという通常と逆の制作順まで生まれた。
後に七部門でアカデミー賞を獲得する作品だが、企画時にはスターを並べる群像劇でも、銃撃戦を柱にしたSFでもなかった。宇宙空間で女性一人の呼吸と表情を追う構成は、技術が未確立だったことと同じくらい出資の壁になった。複数社の拒否を経てワーナー・ブラザースで企画が成立した。
二人の判断は企画を止める理由ではなく、必要な技術を自分たちで作る出発点になった。LED照明箱、ロボットカメラ、顔だけを撮影する合成工程が整うまでに、結果として約五年が経過した。キュアロン自身も10周年時に、二人の予測は正しかったと認めている。
プレビズの時点で地球、人物、破片、カメラの距離を立体空間として決め、長回しの中で客観視点からヘルメット内の主観視点へ移る動きを設計した。飛び出す物体を見せる従来型3Dより、観客自身が方向感覚を失うことが中心である。
LED画面へ地球、星、太陽を映し、その反射光だけを俳優の顔へ当てれば、人物を激しく回転させずに宇宙全体が動くように見せられる。この発想をティム・ウェバーが撮影装置へ発展させ、ライトボックスとロボットカメラの組み合わせが生まれた。
通常なら照明器具を動かすが、本作では完成予定の宇宙映像そのものを箱の内壁へ流した。俳優はほぼ静止したままでも、顔や瞳には地球からの青い反射、日の出の強い光、機体の影が正しい方向から移動する。資料により総灯数の数え方が約80万から約200万まで異なるため、本文では確認できるパネル数と一枚当たりのLED数を使った。
顔だけをライトボックス内で撮影し、完成済みのプレビズへはめ込むことで、俳優を逆さ吊りにし続けずに長時間の回転を描けた。バイザーの反射、息による曇り、首と布のつながりまで合成する必要があり、単純な顔交換ではない。
物理的な再現だけを優先して星を消すと、黒い背景が平面に見え、人物との距離が読めなくなる。そこで宇宙飛行士の説明を参照しつつ、立体感を保つため星を残す場面を選んだ。科学的正確さと3D映像の奥行きを調整した例である。
写真映えする装飾を足すのではなく、ハッチ、配管、機器の位置が機能的に見えるかを一つずつ検討した。象徴的な実在施設は観客にも形を知られているため、どの方向から近づいても同じ構造として認識でき、破壊後の部品も元の位置へ対応する必要があった。
一着数百万ポリゴンの宇宙服は、通常のキャラクター衣装より10倍から100倍の解像度を持つ。NASAの写真と映像から布量、継ぎ目、膨らみを調べ、腕を曲げた時の皺や無重力での硬さを長回しの極端な接写まで維持した。
撮影後は、低解像度のプレビズを地球、宇宙船、宇宙服、破片の高精細CGへ置き換え、顔と手を合成した。編集者マーク・サンガーは撮影前から三年間冒頭場面を編集し、カットをつなぐというより一つの連続した動きの速度を彫り直した。
人間のオペレーターだけでは、長いショットの同じ位置へ高速かつ繰り返し到達できない。そこでプレビズから得た時刻と座標をロボットへ送り、ワイヤー、カメラ、光を一つの振付として動かした。装置が速く接近するため安全距離と停止位置も厳密に管理された。
冒頭では遠くの地球を眺める客観視点から乗組員へ近づき、ライアンの回転に巻き込まれ、最後はヘルメットを通って主観へ入る。カットを意識させずに観察者から当事者へ移ることで、観客も事故へ巻き込まれる構造になった。
スタッフは到着時に歓迎の演出を行い、内側へ子どもの写真を映すなどして閉塞感を和らげた。撮影中の指示と会話はヘッドセットを通じて届く。宇宙で孤立し、声だけを頼りにするライアンの演技は、実際にも他者から隔てられた環境で作られた。
息を吸う回数は、恐怖の表現であると同時に残り酸素を消費する物語上の数字でもある。そのため演技メモをプレビズとロボットの動作へ先に反映し、撮影時には決められた振付の中で感情だけを生々しく見せた。即興に見える動きは、舞踊のような反復練習から作られている。
俳優を大きく回すより、カメラと照明を正確に動かす方が表情を保てる。ただし高速で動く重量物が顔へ接近するため、軌道の再現性と安全停止が不可欠だった。完成映像の静かな浮遊感は、現場の機械的な速度と精度によって支えられている。
無重力らしい激しい回転を正確に見せても、観客が目を閉じれば没入感は失われる。制作チームは撮影監督の身体反応を一種の安全計として使い、恐怖は残しながら視線を保てる速度へ調整した。アカデミーの制作解説でも、揺れを弱める判断にルベツキの乗り物酔いが役立ったと説明されている。
通常の編集は複数テイクの切り替えを決めるが、この場面ではカットが見えないまま、人物間の距離、台詞の間、事故の速度、カメラがヘルメット内へ入る時点を調整した。長回しは「切らなかった」のではなく、見えない継ぎ目と内部の速度変更を長期間積み重ねた結果である。
反転映像を見たスタッフとキュアロンは、確認用の方がよいと判断した。ただし全編を反転すると後の構図とつながらないため、冒頭前半だけを反転状態で始め、長いショットの中でゆっくり本来の向きへ戻した。検査工程がカメラワークへ組み込まれた。
無重力では筋肉へ余計な力が入って見えてはいけないため、支えられていても踏ん張らず、全身が自然に緩んでいるよう演じる必要があった。撮影後に固定具と右脚の一部を消し、デジタルの脚へ置き換えた。物理的な静止と周囲の回転から、漂う身体を作っている。
ライアンがISS内部で胎児のように丸まる場面では、皮膚を逆光で透かすため、実在の該当区画にはない窓をデジタルセットへ加えた。ティム・ウェバーが窓を足した試作を作り、キュアロンも最終的に採用している。機材の正確さより、死の危機を越えたライアンが再生を思わせる休息を得る画面を選んだわけだ。
前半の危機を息もできないほど強くすれば、長い静けさは退屈ではなく解放になる。そこで象徴的な浮遊場面を守り、周囲のリズムを再編集した。単に試写意見へ逆らったのではなく、観客がそう感じた原因を別の位置に見つけて直した例である。
ルベツキは、大判ネガが木や土へ宿す細部と存在感を「地球を別の目で見る」感覚へ使いたかった。デジタル主体の本編から急に別作品へ見えないよう色をつなぎながら、触れられる水、泥、重力の質感だけをわずかに強めた。
冒頭で工具や機体を叩く音は鈍く聞こえ、手すりから手を離した瞬間に止まる。爆発を外から眺める時は音を消し、無線、呼吸、心拍だけを残した。この規則があるため、派手な事故でも音を足す場面と完全な無音にする場面が同じ物理感覚へつながっている。
弦や木製の胴へ異なる物を当てると、水と素材を通った鈍い振動が録れる。それらを加工して手すり、工具、宇宙服、船体へ割り当て、数千の素材から最終的に約500の効果音を選んだ。宇宙船の金属音を金属だけで作らないことで、身体の内側から聞こえる感触を得ている。
ライアンが回転すると、コワルスキーや管制室の声も頭上、背後、左右へ滑らかに移動する。Atmosの天井スピーカーとオブジェクトベースの配置を使い、視界から人物が消えても音で方向を追えるようにした。無重力で上下を失う感覚が、画面だけでなく劇場空間全体へ広がる。
楽曲「ISS」の終盤では、トランペット録音を友人から借りた古いシンセサイザーへ通したところ、機械が故障し、その最後のノイズが録音された。同じ音は再現できないため、そのまま完成音源へ使われた。冒頭曲「Above Earth」には、元の演奏を約60分の1まで遅くした素材も含まれる。
監督アルフォンソ・キュアロンの息子、ホナス・キュアロンは、ライアンが無線でつながるイヌイットの男性を地上側から描く約7分の短編『アニンガーク』を監督した。氷上で暮らす男性は病気の犬、そばにいる家族、泣く赤ん坊について話し、本編では意味をつかみにくかった会話が生活上の決断として見えてくる。宇宙と地上の二本が、同じ無線音声でつながる仕掛けだ。
冒頭でインド人宇宙飛行士シャリフが口ずさむのは、ラージ・カプール主演『詐欺師』の挿入歌「Mera Joota Hai Japani」である。ファルダット・シャーマは、事故前に観客を和ませる軽い曲を求められ、自分で選んだという。歌詞は、日本の靴、英国のズボン、ロシアの帽子を身につけても心はインド人だという内容で、国際的な宇宙任務にいる人物へ重なる。短い鼻歌の直後に惨事が起こるため、日常と破局の落差も作っている。
足を踏ん張らずに姿勢を止める方法、髪や道具がどう動くか、宇宙船内で身体を「置く」感覚は、地上のワイヤー訓練だけでは得にくい。ブロックはその助言を、固定具の上でも緊張して見えない身体づくりへ生かした。
カメラを第三の乗員と考える作品の設計に合わせ、宇宙にも撮影班が同行しているような偽の反射を置いた。VFXで反射を消す工程を逆手に取り、消し忘れに見える要素をわざわざ足した遊びである。
マット役の初期候補だったロバート・ダウニー・Jr.は、完成作には出演していない。キュアロンは、身体を使った即興やその場で台詞を変えるダウニーの演技を、事前プログラムされた撮影装置が妨げると判断したと説明している。技術的に演じられなかったのではなく、俳優の長所を生かせないため組み合わせを変えた。
女性主人公がほぼ一人で画面を支える企画だったため、主演不在は資金調達にも直結した。最終的にサンドラ・ブロックが2010年末に決まり、孤立した人物を観客が追い続けられる親しみやすさと、厳密な振付をこなす身体性の両方が制作方法へ合致した。
ハリスは『アポロ13』でNASA飛行主任ジーン・クランツを演じ、実在の宇宙事故を地上から指揮する役だった。本作では管制官個人の姿を出さず、声だけで同じ位置へ戻る。宇宙映画を知る観客には、通信が切れる直前まで頼れる地上の存在として響く配役である。
ただし現実の衝突間隔は映画のような分単位ではなく、長い時間をかけて短くなっていく。作中ではデブリ群が約90分で地球を一周し、同じ登場人物を繰り返し襲う形へ圧縮された。理論を架空扱いするのも、描写をそのまま科学的予測と受け取るのも正確ではない。
元NASA宇宙飛行士でISS船長経験のあるリロイ・チャオは、三施設が異なる軌道傾斜角にあり、携帯型推進装置やソユーズの限られた燃料では移動できないと指摘した。一方、地球の光、機材の外観、宇宙遊泳の恐怖には、実体験に照らして現実に近い部分があるとした。
同時に、ハッブルからISSへの移動、携帯推進装置の能力、外から入れるエアロック、胎児場面の窓などは物語と画面のため変更された。キュアロンはドキュメンタリーではなく、生存と再生を描く映画として必要な自由を取ったと説明している。細部が本物らしいほど、軌道力学まで正しいとは限らない。
顔だけの実写とCG身体をつなぐ撮影、三年間調整した長回し、触覚として作った音響、立体空間を移動する音楽は、通常なら別部署の成果として分かれる。本作では同じプレビズと時間設計を共有したため、主要な技術・演出部門がまとめて受賞する結果になった。
作家テス・ジェリッツェンは、同名小説『Gravity』の映画化契約をニュー・ラインと結んでいたとして、同社を買収したワーナーへ契約違反を訴えた。だが連邦地裁は、ワーナーがその契約義務を引き継いだことや、キュアロン版がその契約に基づく作品だと示す具体的な主張が足りないと判断して請求を退けた。著者は2015年6月に訴訟を取り下げており、「映画が小説の盗作と認定された」という説明は誤りである。
この版でも無線の台詞、呼吸、心拍、宇宙服や機体へ触れた時の振動音は残る。つまり完全な無音版ではなく、本作が定めた「宇宙で人物本人が聞ける音」へ近づけた再ミックスである。通常版と比べると、音楽がデブリの速度や感情の切り替えをどれほど代行していたかが分かる。
宇宙飛行士へ最悪時の自殺薬を支給するという長年の噂はNASAが否定している。作中の酸素を減らす行為を実在の手順として扱う根拠はないという話がある。確認できる事実とは合わず、別の話が混ざって広まった可能性が高そうだ。
ライアン役には多くの俳優名が挙げられているが、その一覧には打診、テスト、代理人との協議、記事上の予想が混在している。アンジェリーナ・ジョリーとの長い協議と、最終的なサンドラ・ブロックの決定は追えるものの、名前が出た全員の正式交渉記録はない。「十数人が一度は役に決まった」という話へ膨らませない方がよさそうだ。
宇宙服の名札と小説人物名が似ていることから娘の死への暗示とする説があるが、制作側の説明がなく、一般的な姓でもあるという話がある。ただし、今確認できる資料には、この経緯を示す記録がない。そう考えると筋は通るが、今のところは決めつけない方がよさそうだ。
一部サイトはアルフォンソ、ホナス、ロドリゴ・ガルシアの三人を脚本家として挙げている。しかし、完成版の公式クレジットはアルフォンソ・キュアロンとホナス・キュアロンの二人である。ロドリゴを正式な脚本家とする説明は、別の情報が混ざったのかもしれない。