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1988年公開。野坂昭如の同名小説を高畑勲が脚本・監督し、『となりのトトロ』との二本立てで封切られた。企画は、単独では通りにくかった『トトロ』を成立させるため、鈴木敏夫が新潮社へ『火垂るの墓』を持ち込み、徳間書店との異例の出版社共同事業にしたものだった。ジブリは長編2本を同時制作する無理を押し通し、高畑側の作業は遅れ、公開延期の要請も受け入れられず、初公開版には未彩色の線画で上映された場面が2か所残った。興行成績は二本立て番組全体で最終配給収入5億8800万円、観客動員80万1680人であり、『火垂るの墓』単独の数字ではない。二本の傑作を一枚の切符に詰め込んだ代償は、制作現場がきっちり払わされたのである。
『火垂るの墓』と『となりのトトロ』の二本立ては、明暗の対比を狙った宣伝上の冗談ではない。『トトロ』単独では配給が決まりにくい状況で、新潮社が原作を持つ『火垂るの墓』との組み合わせが企画を前へ進めた。二作は互いに相手の存在があったから、同じ日にスクリーンへ届いたという。これは見返したくなる。
参考情報:公式資料(日)
『火垂るの墓』は完成度の高さで語られるが、封切り時のフィルムは完全な状態ではなかった。制作の遅れにより、色が付いていない二か所を残したまま公開日を迎えたという。画面の静けさの背後では、『トトロ』との同時進行と固定された公開日に追われる現場が最後まで続いていた。現場の工夫が見えてくる。
参考情報:公開資料(日)
高畑勲は、戦時下を資料だけで再現した監督ではない。幼い日に1945年の岡山空襲を体験しており、その記憶へ神戸の証言や記録を重ねて、逃げる人の高さから空襲を組み立てた。焼夷弾の光景が戦闘の見せ場ではなく、方向も分からない混乱として迫る理由がここにある。知ると画面の手触りが変わる。
参考情報:公式資料(日)
制作スタッフの世代には、焼夷弾が落ちる本当の音を知らない人も多かった。そこで体験者の口真似を聞くだけでなく、本物の空筒へ水・粘土・布を詰め、瓦や地面へ当てて素材音を作った。空襲場面の恐怖は、実物をそのまま鳴らすのではなく、失われた音を物理的に組み直す作業から生まれている。一筋縄ではいかない制作だ。
参考情報:資料・アーカイブ
駅員が投げたドロップ缶から節子の骨がこぼれる場面では、悲劇を強調する音楽より小さな乾いた音が残る。音響スタッフは乾かしたフライドチキンの骨を缶へ入れ、あの響きを作った。食べ物の残骸が、飢えで失われた子どもの遺骨を表すという重なりまで生まれている。映画の裏側が少し近くなる。
参考情報:資料・アーカイブ
『火垂るの墓』の制作過程は、公開時のインタビューだけでは終わっていなかった。高畑勲の死後、現場で書かれた七冊の構想ノートが発見され、完成版へ至る迷いや未使用案が再び読めるようになった。固く設計された映画に見えても、その背後には幾つもの別の可能性が積み重なっていたという。これは見返したくなる。
参考情報:公式資料(日)
高畑勲の構想ノートには、原作小説にはいない「F清太」という存在が書き込まれている。これは過去を生きる清太とは別に、出来事を見つめ直す視点を映画へ与えるための構想だった。冒頭で死が告げられ、兄妹の霊が自分たちの生活を見返す構造は、単なる回想より複雑な設計から生まれている。現場の工夫が見えてくる。
参考情報:公式資料(日)
節子役の決め手は、泣き叫ぶ場面を再現する長いオーディションではなかった。高畑勲は当時五歳の白石綾乃が、名前と年齢を告げるわずか二文を録音で聞き、その声に節子を感じたという。幼児を大人が作った声で包まず、同じ年頃の呼吸を画面へ残す選択だった。知ると画面の手触りが変わる。
参考情報:公式資料
節子を小さく描き、舌足らずに話させるだけでは四歳児にはならない。作画監督の近藤喜文らは、美術監督・山本二三の当時四歳の娘をスケッチし、保育園でも幼児の動きを観察した。立ち止まる姿勢や手足の重さを見直すと、悲劇より前に一人の子どもの生活を描こうとした手間が分かる。一筋縄ではいかない制作だ。
参考情報:公式資料
題名は最初から『火垂るの墓』だったわけではない。野坂昭如は当初の「蛍の川」を改め、蛍の光と空から落ちる焼夷弾を同じ音へ重ねる「火垂る」の表記を選んだ。壕で放たれる蛍を見直すと、美しい光の背後へ空襲の火が最初から入り込んでいたことに気づく。映画の裏側が少し近くなる。
参考情報:公式資料(日)
『火垂るの墓』は反戦映画として受け取られることが多いが、高畑勲は標語を届ける作品としては作っていない。中心に置いたのは、兄妹が社会との関係を切り、二人だけの世界へ閉じこもる生活の失敗だ。壕の暮らしが一時は幸福に見えるからこそ、その閉鎖性が後半の重さへ変わる。これは見返したくなる。
参考情報:公式資料(日)
映画を象徴するドロップ缶は、原作でも最初から同じ比重を持つ小道具ではない。高畑勲は短い記述を広げ、甘い菓子の容器が最後には節子の骨を納める物語の環になるよう配置した。缶が鳴るたび、食べられた記憶と食べられなかった現実が同じ小道具の中でぶつかる。現場の工夫が見えてくる。
参考情報:公開資料(日)
原作は戦争一般を外から取材して作られた物語ではない。野坂昭如は幼い妹を栄養失調で亡くし、自分が十分に守れなかったという罪悪感を抱えて小説を書いた。清太が妹を愛しながら誤った選択も重ねるのは、作者が過去の自分を英雄へ変えず、悔恨を物語へ残したからだ。知ると画面の手触りが変わる。
参考情報:公式資料(日)
『火垂るの墓』の画面が写実的でありながら、人物だけ硬く浮いて見えない理由は彩色にもある。保田道世の設計では、多くの輪郭へ黒ではなく茶色系のトレース線を使い、肌や焼け跡との境界を和らげた。壕で遊ぶ兄妹の穏やかさと、その先の荒廃を同じ画面の質感でつなぐ判断だ。一筋縄ではいかない制作だ。
参考情報:映画データベース(米)
『火垂るの墓』のサウンドトラック盤は、間宮芳生の曲だけを切り出したアルバムではない。高畑勲は台詞と効果音を場面の流れごと残し、映画そのものを耳で追える構成にした。映像で音楽を感情の説明へ使いすぎない一方、盤では音・声・沈黙の関係を一つの作品として聞かせている。映画の裏側が少し近くなる。
参考情報:公開資料(日)
「韓国では日本の戦争責任を正当化する懸念から公開が無期延期された。」という話がある。だが、現時点で制作側の裏付けはそろっていない。気になる手がかりのまま保留にしておきたい。
参考情報:映画データベース(米)
「一部のポスター画像は明度や彩度を上げると、蛍に見えた光が焼夷弾で、背景にB-29が現れる。」という話がある。だが、現時点で制作側の裏付けはそろっていない。気になる手がかりのまま保留にしておきたい。
参考情報:映画データベース(米)
「ジブリ劇場作品で唯一Disney-Tokuma契約に含まれなかった。」という話がある。だが、現時点で制作側の裏付けはそろっていない。気になる手がかりのまま保留にしておきたい。
参考情報:映画データベース(米)
「清太は冒頭と終幕に二度、観客を直接見ることで物語を語っている。」という話がある。だが、現時点で制作側の裏付けはそろっていない。気になる手がかりのまま保留にしておきたい。
参考情報:映画データベース(米)
「1998年英語吹替では、当時62歳のコリンヌ・オルが節子を演じた。」という話がある。だが、現時点で制作側の裏付けはそろっていない。気になる手がかりのまま保留にしておきたい。
参考情報:映画データベース(米)
「診察室で節子の次に入ってくる患者は高畑勲のカメオである。」という話がある。だが、現時点で制作側の裏付けはそろっていない。気になる手がかりのまま保留にしておきたい。
参考情報:映画データベース(米)