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1995年公開。士郎正宗の漫画を押井守が監督し、講談社、バンダイビジュアル、英国のマンガ・エンターテインメントが製作、Production I.Gがアニメーションを担った最初の映像化作品である。『機動警察パトレイバー2』を終えた押井は別企画を持ち込むつもりだったが、バンダイビジュアルから原作を差し出され、住宅ローンも抱えていたため仕事を断る理由はあまり残っていなかった。原作の膨大な情報を一本へ収める時間も予算もなく、テーマを草薙素子の人間と義体の境界へ絞り、思考戦車フチコマや中盤の大規模アクションを切り落とした。制作期間は企画開始から公開まで10か月に満たず、香港をヘリや船で取材し、撮影した大量の写真を画面設計へ転用する一方、運河の多い都市なら作画の重い自動車を減らせるという、極めて現実的な計算も働いていた。銃器設計には約4か月をかけ、アニメーターをグアムの射撃場へ連れて行ったが、有名な義体生成のオープニングは本編作画後に着手し、スタッフが会社へ泊まり込むほど切迫した進行となった。完成作は日本映画として初めて米国Billboardのビデオチャート首位に立ち、時間と予算を削った側の想定より、作品のほうがはるか遠くまでネットワークへ接続してしまったのである。
原作のフチコマは、映画版では登場しない。押井守は世界観を絞り、少佐と人形使いの対話へ重心を寄せた。消えたフチコマが、映画の冷たい密度を作っている。
香港で見た激しい雨と街の水路が、映画の都市景観へ流れ込んだ。車の密度を減らし、運河のような空間を増やしたことで、街は現実より少し夢に近づく。豪雨から生まれた水の都市だ。
少佐が使う銃は、画面の小道具として急いで決められたものではない。デザインは約4か月かけて詰められ、撃つための機械としての説得力を優先した。4か月かけた一丁の銃である。
銃の動きや反動を描くため、スタッフはグアムの射撃場で実際の発砲を見たという。音と重さを目で覚えたから、画面の銃器はただ派手に動かない。射撃場で集めた反動が残っている。
草薙素子の体つきは、原作の印象をそのまま写したものではない。銃を構え、走り、戦う姿が自然に見えるよう、映画用に輪郭が調整された。銃を撃つための少佐の体だ。
背景の街は、想像だけで積み上げられたものではない。香港で撮った写真をレイアウトの手掛かりにし、看板や建物の密度をアニメの街へ移した。写真から移植した街の湿気がある。
雨の多くはCGではなく、セルへ細かな傷をつける手作業で作られた。デジタル処理も使われたが、街の湿った手触りはアナログの線が支えている。セルを削って降らせた雨だ。
声の響きを変えるため、音響チームは約25リットルの壺を使ったという。スタジオの機材だけでは作れない反響を探し、台詞に少し現実からずれた空洞を足した。壺の中で響いた声である。
音響は後回しの仕上げではなく、制作費の大きな部分を使う仕事になった。街の雨、通信、声の距離感までを作り込み、音で立ち上がる電脳都市を狙ったという。
川井憲次の音楽に聞こえる古い祈りのような声は、ブルガリアの歌声を手掛かりに組み立てられた。日本語の民謡らしさとも混ざり、どこの国とも言い切れない謡になっている。
アフレコの段階で、画面はすでにかなり完成に近かったという。声優は空白の画面へ声を当てるのでなく、完成形に近い街と人物の動きへ反応できた。ほぼ完成画で行うアフレコだった。
草薙素子役の田中敦子は、当時まだ大作アニメの中心役としては未知数だった。だが押井守はその声に賭け、作品の温度を決める存在にした。少佐の声にかけた賭けがある。
この密度の映画だが、制作に使えた期間は10か月に届かなかったという。時間がないから単純化するのでなく、描く場所を絞って濃くする。10か月未満の高密度制作だった。
原作者の士郎正宗は、映画化に細かな条件を並べるより制作側へ任せたという。原作と映画は別の形で走り、自由度の高い映画化が成立した。
北米では劇場公開より先に、ビデオ市場で熱が広がった。セルビデオの売り上げで首位に立ち、海外で先に育ったカルト的人気が後の広がりを支えた。
素子が街を眺める中盤の長い映像は、事件を進めるための説明場面ではない。押井守はあえてアクションを止め、何も起きない時間を映画の中央に置いた。看板、人波、水面、飛行機といった情報だけが流れ続けることで、電脳化された都市に個人の意識が溶けていく感覚を、台詞ではなく上映時間そのもので味わわせている。見返すと、筋書きが止まるほど、街そのものが素子と並ぶもう一人の主人公へ近づいてくる。
映画版の素子を無表情に見せるため、沖浦啓之はただ目を小さくしたのではない。大きすぎれば原作漫画の表情へ戻り、小さすぎれば素子ではなくなるため、二つの境界の中間を探したという。原作の人物だと分かるぎりぎりの線を残しながら、感情を読み切れない義体の顔へ変えている。アップを見比べると、わずかな比率の調整が、漫画の快活さを映画の沈黙へ変えたことが分かる。
本作の室内や廊下が人物以上に大きく感じられるのは、背景の描き込みだけではない。押井守はレイアウトを見るたびにカメラ位置をもっと下げるよう求め、ローアングルと広角レンズ相当の歪みを手描きで設計した。人間を画面の支配者にせず、都市や機械の中へ押し込める視点が、素子の孤独を台詞より先に作っている。床面と消失点を意識して見直すと、背景の大きさが心理的な圧迫へ変わる仕組みが見える。
光学迷彩の格闘は、透明な人物を省略した場面ではない。アニメーターは見えない素子の姿勢と動きを全身ぶん描いてから、輪郭をかすかな歪みへ変えた。さらに足元の水しぶきへ重さと方向を移し、打撃の位置まで読めるようにしている。観客が見るのは水面だけでも、その下には消された作画が存在するのである。
押井守は当時『バーチャファイター』に熱中し、絵コンテの格闘指示に「PPPK」と書いた。パンチ3回からキックへつなぐ入力記号を、アニメーターとの共通言語にしたのである。義体の戦闘を未来的に見せる一方、その動きの設計には、1990年代のゲームセンターで身体化されたコンボのリズムが入り込んでいる。近接戦を見直すと、連打と決め技の間にゲーム的な拍が潜んでいることに気づく。
義体が組み上がる有名なオープニングは、作品の顔として先に完成していたわけではない。本編の作画をすべて終えた後に着手し、沖浦啓之は会社へ泊まり込み、黄瀬和哉と井上俊之にも手伝ってもらった。それでも時間が足りないほど切迫した最終工程が、機械から身体が生まれる精密な映像を残した。一枚ずつ組み上がる義体は、スタッフが最後に残した時間をそのまま積層した場面でもある。
オープニングのラッシュチェックで、黄瀬和哉は連続する絵の中から1枚だけの塗り間違いを見つけた。前後に正しい色が挟まるため、映るのは一瞬にすぎないが、その一瞬が違和感になる。普段はラッシュへあまり来なかった黄瀬が偶然その場におり、すぐ塗り直せたという。精密さは、最後の一枚を見逃さない目でも支えられていた。
戦車側のカメラから素子がハッチを引くカットは、CGだけで作られた映像ではない。沖浦啓之は筋肉の隆起から義体の破断まで下にすべて手描きしたが、完成版ではCG加工が覆い、せっかくの絵がほとんど見えなくなった。演出としては必要でも、描き手にはショックだったという、完成映像の裏に消えた作画である。ノイズの下に身体の輪郭を探すと、見えない原画が完成画の説得力だけを残している。
1995年当時、電脳へ意識が飛び込む光景には映像上の前例がほとんどなかった。制作側には「これでは地味ではないか」という迷いもあったが、押井守は描きすぎない方を選んだ。派手な空間を説明し尽くさず、接続を短く通過させることで、技術の限界を未知の感覚へ変えている。現在の派手な仮想空間表現と比べると、見せない部分が観客の想像を広げる効果をいっそう確かめられる。
画面の密度から大量のセルを想像しやすいが、沖浦啓之によれば本作の使用枚数は多くなかった。押井守は、激しく動く瞬間の前後に長い静止を置き、動と静の落差で一枚ごとの効果を増幅した。止まった画面も予算節約の空白ではなく、次の動きを重く見せる編集上の装置になっている。銃撃や格闘の直前を止めて見ると、静止していた長い時間が次の動きの圧力を溜めていると分かる。
人形使いとの融合後、素子の声まで別人になるのは音響加工ではない。少女体を演じた坂本真綾は当時15歳で、台詞はごく少なく、アニメのアフレコ経験も多くなかった。押井守は後に、中学生へ何を言えばよいか分からなかったと振り返る。大人の硬質な声から実年齢の少女へ切り替わることで、再生が耳にも現れる。
『攻殻機動隊』の素子はほとんど瞬きをしないように描かれ、人形らしさを強めているという説がある。無表情な造形そのものは制作側の証言で確認できるが、瞬きを減らす指示があったかは裏付けられていない。画面を見返して確かめたくなる噂だ。
終盤の樹形図、化石、羽根は『天使のたまご』を意図的に引用しているという見方がある。押井守作品に似たモチーフがあるのは確かだが、明示的な自己引用だと語る資料は見つかっていない。似ていることと、引用の意図は別問題だ。
潜水後の船上でバトーが飲む缶は、フィリピンのサンミゲルビールだという説がある。画面と二次資料はそう読めるが、商品配置の記録までは確認できない。缶の柄を追う小ネタとして残る。