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1995年公開。士郎正宗の漫画を押井守が監督し、講談社、バンダイビジュアル、英国のマンガ・エンターテインメントが製作、Production I.Gがアニメーションを担った最初の映像化作品である。『機動警察パトレイバー2』を終えた押井は別企画を持ち込むつもりだったが、バンダイビジュアルから原作を差し出され、住宅ローンも抱えていたため仕事を断る理由はあまり残っていなかった。原作の膨大な情報を一本へ収める時間も予算もなく、テーマを草薙素子の人間と義体の境界へ絞り、思考戦車フチコマや中盤の大規模アクションを切り落とした。制作期間は企画開始から公開まで10か月に満たず、香港をヘリや船で取材し、撮影した大量の写真を画面設計へ転用する一方、運河の多い都市なら作画の重い自動車を減らせるという、極めて現実的な計算も働いていた。銃器設計には約4か月をかけ、アニメーターをグアムの射撃場へ連れて行ったが、有名な義体生成のオープニングは本編作画後に着手し、スタッフが会社へ泊まり込むほど切迫した進行となった。完成作は日本映画として初めて米国Billboardのビデオチャート首位に立ち、時間と予算を削った側の想定より、作品のほうがはるか遠くまでネットワークへ接続してしまったのである。
押井守がバンダイビジュアルとの会議へ持参したのは、後に『人狼 JIN-ROH』(1999)として実現する別企画だった。ところが先方はその企画書を見る前に『攻殻機動隊』の単行本を机へ置き、映画の監督を依頼した。押井は原作を以前から読んでおり、いつか自分が映像化するかもしれないという予感も持っていたため、突然の打診を引き受けたのである。
原作で公安9課を支える多脚戦車フチコマは、映画化の最初の段階で登場しないことが決まった。押井守は、フチコマを入れるとAIという別の存在まで整理する必要が生じ、草薙素子のアイデンティティをめぐる主題が分散すると考えた。2時間の映画を作れる予算も期間もなかったため、人気要素を削ることが物語の焦点を鋭くする結果になった。
中盤の静かな都市映像は「承」の代用品。押井守はアクションを序盤へ集め、通常なら物語を膨らませる「承」の部分をあえて省いたうえで、情報にあふれた未来社会を場所だけで語る場面を置いた。看板、人波、飛行機、水路、反射像が連なる時間が、台詞で説明されない都市と素子の距離を引き受けている。
ニューポートシティのモデルに香港が選ばれたのは、押井守が土地勘を持ち、雑多な景観が作品に合うと考えたからである。膨大な看板とポスター、人波、低空の飛行機、水路を行き交う小舟を一つの画面へ重ね、台詞に頼らず情報過多の未来社会を成立させた。架空都市の説得力は、未来的な形を発明することより、現実の香港にある異質なものを同時に見せる方法から生まれている。
香港での取材中、夕方のスコールによって道路が一瞬で川のようになった。押井守はその光景を見て、劇中の都市へ水路を張り巡らせることを決めた。水面と小舟が独特の湿度を生む一方、多種類の自動車を大量に走らせる必要がなくなるため、背景美術の発想がアニメーターの作業量を減らす設計にもなっている。
香港ロケの目的には、未来都市の資料集めだけでなく、アニメーターの作業を減らすことも含まれていた。現地で膨大なスチール写真を撮り、その構図をほぼ保ったまま背景と人物のレイアウトへ移したカットが数多くある。現実の遠近法と街の密度を設計図に使うことで、ゼロから複雑な都市を考案する負担を抑えながら、画面の具体性を高めたのである。
美術監督の小倉宏昌は、押井守のロケハンについて「普通の角度から見ない」と説明している。たとえば川へ下り、橋を下から見上げた瞬間に都市の見え方が変わる。香港の特徴的な建物を写すだけでなく、地面や水面に近い位置へ視点を移す方法が、巨大な構造物に囲まれた未来都市の圧迫感と奥行きを作った。
公安9課の庁舎は、映画の中で外観を一度も見せない。画面に出るのはエレベーター、廊下、会議室などの内部だけで、その構造は軍艦を参考に意図的に狭く設計された。組織の閉鎖的で機能優先の雰囲気を保ちつつ、広大な室内で人物を動かす作画負担を抑えるための省略である。
素子の体は銃を撃てる骨格へ変えられた。銃撃と格闘に秀でた人物として身体に説得力を持たせるため、肩幅を広げて筋肉質にし、ライフルを構えやすいよう胸を小さくした。顔も公安9課の男性たちから浮かない現実寄りの造形へ変えられ、沖浦啓之は筋肉の線を考えるためボディービルダーの写真も参照した。
銃を撃った身体がどう揺れ、反動が手首や肩へどう伝わるかを理解させるため、主要アニメーターはグアムの射撃場へ連れて行かれた。作画監督の黄瀬和哉は日暮れまで撃ち続け、発砲時の衝撃や姿勢を自分の身体で確かめたという。ここで得た感覚は、銃だけを動かすのではなく、発砲を受け止める全身を描くための資料になった。
銃器設定だけで約4か月。銃の種類ごとに作動音を変え、薬莢が落ちる方向や残響まで設計し、誰がどの銃を選ぶかを人物像と結び付けた。そのため銃器の設定とデザインが完成するまでには約4か月を要している。
トグサのマテバは「人間側」の印。生身の人間で、家庭を持ち、警察出身でもあるトグサを、義体化した隊員が多い公安9課の中で「人間側」に置くための小道具である。合理的に扱いやすい銃を選ぶ素子と対照を作り、武器の違いだけで人物の価値観を示している。
作画班がグアムで実弾の反動を体験したのとは別に、音響チームは香港で実銃の発砲音を録音した。同じ機関銃音を使い回すのではなく、銃の種類に応じた作動音、薬莢が転がる音、聞こえる方向、空間の残響を重ねている。銃撃戦は一つの効果音ではなく、武器と場所ごとに組み直された音の集合である。
電脳通信音は25リットルの素焼き鉢で作った。音響監督の若林和弘は25リットルの素焼き鉢へ直径約10センチのスピーカーを吊り、録音した台詞を再生して鉢の中の響きを再録音した。ゴミ箱やポリバケツも試した末、未来の通信音に土の器が持つ硬く空洞のある共鳴を選んでいる。
電脳通信音に使う器を選ぶとき、若林和弘はカタログの材質表示だけで判断しなかった。秋葉原の家具店などを回り、売り場の鉢へ自分の頭を入れて声の響き方を確かめたという。ゴミ箱やポリバケツを含む試行錯誤の末、25リットルの素焼き鉢が選ばれた。
音響作業には約3週間が充てられ、スタジオの使用料だけで音響予算の半分以上を使ったという。当時は音をテープへ録るアナログ環境で、台詞や効果音を重ねるたびに時間と場所の費用が必要だった。限られた製作条件の中でも、銃器、都市、電脳通信が異なる空間として聞こえることへ大きく予算を配分している。
電脳化された未来を描く映画だが、日本語の台詞収録はテープを使うアナログ方式だった。現在のデジタル録音ほど細かく修正や接続ができず、声優は長い流れを保って演じる必要があった。抑制された会話の背後には、一つのミスが全体へ影響する収録現場の緊張がある。
草薙素子役に選ばれた田中敦子は、当時まだ声優として約2年のキャリアしかなかった。オーディションでは若い本人の印象より成熟して落ち着いた声が響き、公安9課を率いる人物に必要な強さがあると判断された。押井守にとっては新人を主役へ置く賭けだったが、完成後は他の声を想像できないほど役と結び付いた。
アニメのアフレコでは、色も動きも入っていない仮映像へ声を当てる場合がある。しかし本作では台詞と音を収録する段階で、映像が約95%まで完成していた。声優と音響班は素子のわずかな表情、人物が動かない時間、都市の広さを完成形に近い画面で確認しながら、声と効果音の強さを合わせることができた。
義体が組み上がる冒頭の主題曲は、未来らしい電子音を増やす方向では作られていない。押井守は西洋音楽から離れるため、鍵盤や弦ではなく太鼓を使いたいと川井憲次へ伝えた。川井は池袋の楽器店でインドの打楽器を買い、その音へ民謡歌手のコーラスを重ね、機械の身体が生まれる映像へ古層の儀式のような響きを与えた。
市場の歌は劇中世界の流行歌として録音した。押井守は劇中世界で流行している歌として新曲を発注し、香港から歌手を招いて本格的に録音した。現地メディアが取材へ来るほどの収録だったが、完成版では市場の空気に溶け込む小さな音として使われている。
電脳世界を描いた作品でありながら、CGとデジタル合成を使ったカットは全体で約60に限られていた。光学迷彩でさえCG処理は2カットだけで、残りはセル画、撮影、フィルターなどを組み合わせている。当時はCGが高価だったため、デジタルらしく見える映像ほど手作業の置き換え方が細かく設計された。
雨はセルを傷つけて降らせた。セルの表面へ細かな傷を付け、撮影用のフィルターと組み合わせることで、画面全体を走る水の線を生んだ。CGの粒子を加えるのではなく、撮影素材そのものを加工して湿度を作るアナログ特殊効果である。
看板の文字は印刷してセルへ貼った。文字を印刷し、必要な形に切ってセルへ直接貼り込む方法も使われた。大量の文字を短期間で正確に配置し、手描きの街へ異質で機械的な情報層を加えるための工程である。
公開日が先に決まっていたため、制作期間は押井守の記憶で10か月にも満たなかった。世界観を固めてからゆっくり試す余裕はなく、香港の写真をレイアウトへ使い、公安9課の室内を狭くし、水路で自動車作画を減らすなど、画面の密度を落とさず作業量を削る判断が重ねられた。緻密さと省力化が同じ設計の中に組み込まれている。
押井守は映画化にあたり原作を約20回読み直し、使える台詞をすべて抜き出したという。大まかなプロットは依頼から約1か月で作られたが、その中心は新しい事件を足すことではなく、膨大な設定から何を削り、何を一つの物語へ残すかを決める作業だった。映画の簡潔さは、原作情報を読み飛ばした結果ではなく、反復して選別した結果である。
士郎正宗は映画化に際して細かな要求を並べず、押井守へ自由に作るよう伝えたという。原作にある軽妙な表情やフチコマを削り、素子と人形使いの関係へ焦点を絞る大きな変更は、原作者との衝突を押し切って行われたものではない。映画スタッフは広い裁量を与えられたうえで、原作のどの核を残すかに責任を負った。
オープニング作画は本編の後に集中した。本編の主要作画が進んだ後に着手され、日程が極端に厳しい中で沖浦啓之を中心に黄瀬和哉、井上俊之らが作業を分担した。スタッフが会社で眠るほど追い込まれながら、映画全体の入口となる精密な身体製造の映像を完成させている。
完成前の映像を確認するラッシュで、黄瀬和哉は一枚だけ色指定が違うセルを見つけた。通常の速度では一瞬しか映らない違いだったが、そのままにせず修正へ回されたという。作画の形だけでなく、連続する色の中に生じる一枚のずれまで作画監督が監視していた。
博物館の戦車が素子を捉える照準画面のため、沖浦啓之は細かな情報を含む作画を仕上げた。ところが完成版ではCGの照準表示や数値が上へ重なり、下にある絵の多くが見えにくくなった。未来の機械視点を成立させる合成が、同時に手描きの労力を隠してしまい、沖浦には悔しさが残ったという。
制作当時、押井守やアニメーターたちは『バーチャファイター』に熱中し、休憩中にゲームセンターへ通っていた。押井は格闘場面の絵コンテへ「P・P・P・K」と入力コマンドまで書き込み、ゲーム上の連続技を動きの指示として使った。黄瀬和哉にはその意図がすぐ伝わらないこともあったが、当時最先端だった3D格闘ゲームが作画現場の語彙へ入り込んでいる。
本作は米国『ビルボード』誌のセルビデオ部門で、日本の映像作品として初めて1位を記録した。海外での名声は大規模な劇場興行だけから生まれたのではなく、購入したビデオを繰り返し見る市場で広がった。細かな画面情報や難解な会話を見返せる媒体との相性が、国外での長期的な受容を支えた。
「映画版の素子は感情を抑えた義体として描くため、意図的にまばたきを減らしたとされる」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。この話を裏付ける一次資料は、まだ見つかっていない。
「日米英で同時期に展開された最初のアニメ映画と紹介されることがある」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。日米英で同時公開された最初のアニメ映画をめぐる確かな制作資料が見つかるまで、結論は保留にする。
生命の樹、化石、羽根のイメージが押井守の『天使のたまご』と似ており、自己引用とする説があるという話がある。ただし、本人や現場関係者の証言、制作時の記録は確認できない。本当なら面白いが、今のところは噂として聞くのがよさそうだ。
「船上でバトーが飲む缶の意匠はフィリピンのサンミゲルビールに似ている」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。バトーのビール缶はサンミゲルをめぐる確かな制作資料が見つかるまで、結論は保留にする。
素子は全編で瞬きをせず、押井守が義体を人形として見せるために指示したという話がある。ただし、本人や現場関係者の証言、制作時の記録は確認できない。ありえる話ではあるものの、そのまま信じるには材料が足りない。
制作者名をローマ字化し、文字を数値コードへ変換して画面のプログラムへ埋め込んだという話がある。ただし、出どころまでたどれる当事者の証言や制作資料は見つかっていない。本当なら面白いが、今のところは噂として聞くのがよさそうだ。ソフトを持っている捜査員は、クレジットを最後まで確認し、この指摘と一致するか確かめてほしい。
ウィリス博士の端末には実際のC言語コードが表示されているという話がある。ただし、噂の出どころや制作側の説明まではたどれなかった。そう考えると筋は通るが、今のところは決めつけない方がよさそうだ。