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1987年公開、グスタフ・ハスフォードの小説『ショート・タイマーズ』を基に、キューブリック、ハスフォード、従軍記者経験を持つマイケル・ハーが脚本を組み立てた。米海兵隊の訓練場とベトナムを描きながら、キューブリックは英国を離れず、ロンドン東部の解体前のベクトン・ガス工場をフエの廃墟へ変えた。軍事助言に呼ばれた元海兵隊教官R・リー・アーメイは、自作の罵倒を収めたオーディション映像で役を奪い、予定されていた俳優を押しのけて鬼教官役に収まった。国外ロケの機動力より、自宅近くで瓦礫、看板、植物を積み上げて戦場を再構成する管理可能性が優先されたのである。公表値には差があるが、The Numbersでは製作費約3,000万ドル、確認できる世界興収約4,950万ドルで、Box Office Mojoの再上映込み集計は約5,090万ドルとなっている。ベトナム戦争映画をロンドン通勤圏で成立させた執念は、リアリズムというより巨大な遠隔勤務制度に近い。
キューブリックは、人間が集団の中で暴力へ向かう仕組みを描く企画を探し、当初はホロコーストも題材として検討していた。『ディスパッチズ』を書いたマイケル・ハーと戦争映画について話し続けるうち、関心はベトナム戦争へ絞られた。そこへグスタフ・ハスフォードの小説『ショート・タイマーズ』が加わり、訓練と実戦を二部に分ける映画の骨格が生まれた。
参考情報:公式資料(英)
グスタフ・ハスフォードは海兵隊の戦闘報道員としてベトナムへ赴き、テト攻勢下のフエも経験した。小説では自分の職務をジョーカーへ移し、同僚の海兵隊員や現場で聞いた言葉を人物造形へ使った。後半に登場する報道部隊、フエの廃墟、兵士同士の荒い会話は、一般的な戦争映画の型だけでなく、作者がその場で見聞きした経験から組み立てられている。
参考情報:新聞社(米)
三人の脚本家は同じ部屋で書いていなかった。長時間の電話、郵送されたページ、個別の修正稿をキューブリックが集め、場面ごとに統合していった。制作資料にはハーの確認印が各所に残る156ページの稿があり、完成版へ至る共同作業の物理的な痕跡になっている。
参考情報:AFI(米)
原作者グスタフ・ハスフォードは長時間の電話と原稿提出を重ねたが、制作が進むにつれて、自分の貢献が十分に認められていないと感じるようになった。脚本クレジットをめぐる話し合いは対立へ変わり、マイケル・ハーとも関係が悪化した。完成版では三人の名前が正式に並んだものの、その表示は円満な共同作業の結果ではなく、寄与の範囲をめぐる摩擦を経たものだった。
参考情報:AFI(米)
原作の題名『ショート・タイマーズ』は、除隊までの残り期間が短い兵士を指す軍隊用語である。軍隊経験のない観客には別の意味に取られかねないため、キューブリックは弾丸の被覆構造を示す『フルメタル・ジャケット』へ変更した。題名そのものが、普通の若者を戦闘用の存在へ加工する訓練の比喩としても働く。
参考情報:AFI(米)
初期の脚本にはジョーカーが戦死する結末があった。マシュー・モディーンは、死によって物語から解放するより、生き残って自分の行為を抱え続ける方が人物にとって過酷だとキューブリックへ訴えた。本人は自分の提案だけで決まったのか確信していないが、完成版のジョーカーは部隊と廃墟を歩き、ミッキーマウス・マーチを歌いながら暗闇へ消える。
参考情報:新聞社(英)
負傷した狙撃兵を海兵隊員が囲む終盤には、完成版より露骨な展開が準備されていた。撮影用の頭部模型とナイフが作られ、首を切り落とす処理まで検討されたが、編集で削除された。完成版はジョーカーが拳銃を向ける短い時間へ絞り、殺害を集団の残虐行為ではなく、本人が引き受ける一度の判断として残している。
参考情報:AFI(米)
本編と並行して、制作現場を記録するメイキング撮影も進められていた。ところが映像は一本のドキュメンタリーとして完成せず、撮影内容を記したログブックや関連資料だけが保存された。完成した宣伝用メイキングではなく、途中で止まった別企画として本編の制作史に残っている。
参考情報:AFI(米)
主要な海兵隊員を既知のスターだけで固めず、米国各地へ募集をかけ、応募者に自己紹介や演技を録画したビデオテープを送らせた。制作側は大量の映像をロンドンで確認し、撮影がかなり進んだ段階まで候補探しを続けた。現在のセルフテープに近い方法を、家庭用ビデオが普及し始めた時期に大規模に使った配役だった。
参考情報:AFI(米)
マシュー・モディーンは、ニューヨークで知り合っていたヴィンセント・ドノフリオの写真を見せ、パイル役へ推薦した。当時のドノフリオは店のドアマンをしながら小さな舞台や映画へ出ていた。キューブリックから体重を増やせるか尋ねられ、ベータ方式のビデオへ演技を録画して送った結果、長編映画で初めて大きな役を得た。
参考情報:新聞社(英)
ヴィンセント・ドノフリオはパイル役のため、キューブリックの求めに応じて約31キロ体重を増やした。増量には約七か月を費やし、撮影後に元の体重へ戻すには約九か月かかった。大きくなった身体は見た目だけでなく、走る速度、呼吸、立ち上がり方にも影響し、訓練についていけない人物の動きを実際の負荷から作っている。
参考情報:新聞社(英)
約31キロ増量したヴィンセント・ドノフリオは、訓練場面の障害物コースも自分でこなした。普段とは重心も関節への負荷も違う身体で高所から着地し、膝の靱帯を傷めた。パイルが周囲の速度についていけない姿は演技だけで作られたのではなく、俳優本人が急激に変えた身体を実際に動かした結果でもある。
参考情報:新聞社(英)
ドノフリオは、パイルが精神的に変化したことを一目で伝える表情を探し、無声映画期の怪奇俳優ロン・チェイニーを参考にした。目を上へ向け、額と口元を固める顔は、怪物へ変身する古い映画の演技を軍隊ドラマへ移したものだった。食堂や便所で見せる上目遣いは、台詞より前に、それまでの訓練兵とは別の存在になったことを告げる。
参考情報:公式資料
R・リー・アーメイは元海兵隊の教練教官で、当初は軍事顧問として参加した。配役テストでは応募者を隊列へ並べ、相手が反応しても止まらず、次々に罵倒を浴びせる実演を行った。その持続力、声量、言葉の速さを見たキューブリックは、演技で教官らしさを再現するより本人を起用する方がよいと判断し、ハートマン役を与えた。
参考情報:AFI(米)
ティム・コルセリは教官役として準備していたが、R・リー・アーメイの実演を見たキューブリックが配役を変更した。コルセリは映画から外されず、ヘリコプターの機関銃手へ移った。地上の人々を撃ちながら戦果を誇る短い場面は、訓練所で言葉として教えられた暴力が、戦場では日常の作業へ変わったことを示す役になった。
参考情報:AFI(米)
R・リー・アーメイは、配役テストで隊列に並んだ応募者へ長時間、途切れず罵倒を続けた。制作側はその音声を録音し、800ページを超える文章へ書き起こした。完成版の台詞は、現場で偶然出た言葉をそのまま並べたのではなく、大量の即興素材から表現を選び、訓練の段階と新兵の反応に合わせて場面へ組み直したものである。
参考情報:新聞社(英)
ハートマンの罵倒にはR・リー・アーメイ自身が生んだ表現が多い。しかし完成版の長台詞がすべて撮影中の一発即興だったわけではない。配役テストや訓練で得た言葉を大量に書き起こし、使う順序を決め、アーメイが覚えたうえで反復撮影した。即興の強さを残しながら、場面の長さと新兵の反応は映画として制御されている。
参考情報:新聞社(英)
ヴィンセント・ドノフリオは、自分が経験した最多の反復は、毛布に包まれて仲間から殴られる場面の9テイクだったと振り返っている。便所でハートマンと向き合う最終場面は3テイクだった。別の俳優が数十回撮り直す姿は目撃したものの、パイルの有名場面自体が何十回も繰り返されたという説明は、本人の数字と一致しない。
参考情報:公式資料
撮影は物語の順番どおりには進まなかった。ベトナム市街の後半を先に撮り、その後で海兵隊訓練所の前半へ戻ったため、俳優は戦場を経験した兵士から入隊直後の若者へ逆向きに変化させた。マシュー・モディーンは撮影中に伸びた髪を新兵の短髪へ戻して見せるため、約一か月かつらを着けて演じた。
参考情報:新聞社(英)
米国サウスカロライナ州の海兵隊訓練所も、ベトナムの田園とフエ市街も、主要撮影は英国で行われた。バッシングボーンの旧空軍基地、ノーフォークの湿地、ロンドン東部ベクトンの廃ガス工場を使い分け、足りない植生と建物の傷を美術で補った。撮影隊は海外へ大規模移動せず、異なる気候と都市を国内の実景から作っている。
参考情報:BFI(英)
フエ市街の大部分は、ロンドン東部に残っていたベクトン・ガス工場で撮影された。施設は解体予定だったが、既存の廃墟をそのまま使ったわけではない。約六週間かけて壁や窓を画角に合わせて選択的に壊し、道路へ瓦礫を敷き、ベトナム語の看板と銃撃痕を加えた。現実の産業遺構を、戦闘で段階的に破壊された都市へ作り直している。
参考情報:AFI(米)
美術監督アントン・ファーストは、ベトナム、とくにフエの市街を写した資料写真を数千枚集めた。建物の形をコピーするだけでなく、焼けた壁の色、窓が抜けた位置、瓦礫の量、街路から見える空の狭さまで分類した。その資料をもとにベクトンの工場を改装し、単なる廃墟ではなく、長い戦闘を通過した都市の傷み方を設計した。
参考情報:AFI(米)
英国の廃工場と湿地だけでは、ベトナムの植生を作れない。制作側は南スペインからヤシやバナナの木を買い付け、海を越えてロケ地へ運び、地面へ植え直した。費用は約12万ポンドに達し、建物の破壊表現とは別に、画面の端や遠景へ本物の熱帯植物を置く大規模な作業が行われた。
参考情報:AFI(米)
フエ市街を英国で撮るには、廃墟や植栽だけでなく、そこに暮らす人々も必要だった。制作側は英国在住のベトナム人移民や難民を中心に約五千人を集め、市民、避難する群衆、南北双方の兵士へ振り分けた。大人数を一度に映すだけでなく、街路ごとに服装と動きを変え、戦闘で人口が失われていく都市を作った。
参考情報:AFI(米)
制作側は当初、米軍の戦車を使う計画だったが、車幅や重量が英国の道路と輸送条件に合わなかった。そこでベルギー軍からM47を6両借り、艀で海峡を渡して英国へ運んだ。塗装と標識を整えて米軍車両に見せたため、完成画面にはベトナムで主力だった型式とは異なる戦車が走っている。
参考情報:AFI(米)
訓練所の兵舎は既存建物の狭い部屋を切り返して見せたものではなく、エンフィールドに実物大で建てたセットである。照明は天井へ大きく吊らず、主に窓側から入れて、カメラがどの方向へ向いても機材が映りにくくした。ベッド列の間を長く移動しながら、新兵全員を一つの集団として捉えられる建築だった。
参考情報:映画専門誌(米)
パリス・アイランドの屋外場面は、ケンブリッジシャーにある旧バッシングボーン空軍基地で撮影された。滑走路周辺の広い地面と軍用建物を利用し、行進、体力訓練、卒業式を配置した。兵舎内部はエンフィールドの別セットで撮影しており、二つの場所を編集で一つの海兵隊基地に見せている。
参考情報:AFI(米)
主要撮影でカメラを回した期間は六か月強だった。一方で、俳優やスタッフの負傷、現場の事故によって撮影が止まった期間は合計二十週を超えた。制作が一年近く続いたという説明は、毎日撮り続けたという意味ではない。セットと出演者を維持したまま、長い停止を挟んで再開する日程が全体を押し広げた。
参考情報:映画専門誌(米)
R・リー・アーメイは撮影期間中、自動車事故で肋骨などを負傷した。訓練所編の多くはハートマンが新兵全員を動かす構成で、別の場面だけを撮って埋められる範囲が限られていた。アーメイの回復を待つ間に撮影は長く止まり、俳優の負傷が二十週を超える中断期間の一部を占めた。
参考情報:映画専門誌(米)
ベトナム編ではコダック5294を本来の感度より高いASA800として露光し、増感現像した。すると粒子が増え、黒は真っ黒に沈まず、色とコントラストが薄くなる。鮮やかな緑と青空を強調するのではなく、煙と埃で色が抜けた報道写真に近い画面を作るため、撮影時点からフィルムの性質を変えていた。
参考情報:映画専門誌(米)
屋外撮影では、昼光用フィルムの色を整えるため通常入れる85番系の補正フィルターを外すことがあった。補正を省けばレンズへ届く光を失わずに済み、明るさは減光フィルターで別に調整できる。日照が不安定な英国で、夕方のわずかな時間まで撮影を続けるための実務的な選択だった。
参考情報:映画専門誌(米)
兵舎のベッド列や隊列に沿う低い移動撮影では、古いモヴィオラの台車が使われた。硬い車輪のままでは床の継ぎ目が画面へ伝わるため、空気入りタイヤの圧を意図的に下げ、細かな振動を吸収させた。大掛かりなレールをセット全体へ敷かず、俳優の近くを静かに動ける台車へ調整している。
参考情報:映画専門誌(米)
市街戦で兵士が撃たれる瞬間には、毎秒120コマで撮れる高速度カメラを使った。衣装の下へ仕込んだ弾着が破裂し、血しぶきが広がり、身体が重さを失って倒れるまでを通常より長く見せる。銃撃を速い編集で爽快に処理せず、一発が身体へ与える変化を観客が見続ける速度へ引き延ばした。
参考情報:映画専門誌(米)
狙撃兵の視点はシャッターをずらして作った。撮影機の回転シャッターを通常位置から約25%ずらし、フィルムが移動している途中にも光が当たるようにした。その結果、動く輪郭が縦へ引き裂かれたストロボ状の像になり、人間の視線より照準器の機械的な追跡に近い感触が生まれた。
参考情報:映画専門誌(米)
終幕の炎上する市街では、約三千ガロンのガスと油を使って建物の各所へ実際の炎を起こした。カメラは約千フィートに及ぶ走行レールと長いクレーンアームで移動し、離れた位置の大型照明で人物の輪郭を補った。小さな火を拡大合成した背景ではなく、俳優が歩く廃墟全体を一つの発光する空間として撮影している。
参考情報:映画専門誌(米)
撮影監督ダグラス・ミルサムによれば、平均的な反復は10〜15テイクで、ときには25〜30回を超えた。キューブリックは最初に完全な正解を固定し、俳優へ同じ動きを繰り返させたのではない。台詞の速さ、立ち位置、相手との距離、カメラの動きをテイクごとに調整し、場面そのものを撮影しながら発見していった。
参考情報:映画専門誌(米)
マシュー・モディーンは長期撮影のあいだ、その日の出来事、キューブリックとの会話、共演者の様子を日記へ書き留めた。現場へ持ち込んだカメラでは、セットの準備や待ち時間も撮影した。記録は後年『フルメタル・ジャケット・ダイアリー』として書籍化され、さらに音声と写真を組み合わせたデジタル版へ発展した。
参考情報:公式資料
長期化する撮影中、マシュー・モディーンの妻が帝王切開で出産することになった。モディーンは立ち会うため現場を離れたいと求めたが、日程を優先するキューブリックとの交渉は難航した。本人は許可されないなら手を傷つけて撮影不能にするとまで抗議し、最終的に病院へ向かう時間を確保した。
参考情報:公式資料
不穏な電子音楽を作曲した「アビゲイル・ミード」は、キューブリックの娘ヴィヴィアンが使った名義である。ヴィヴィアンは当初、予告編用の音楽を作り、その仕上がりを父に認められて本編のスコアも任された。ポップソングや行進歌の合間に入る低い電子音は、戦場の場所を説明するのではなく、人物の緊張が切れずに続くための音として使われている。
参考情報:AFI(米)
パイルが便所でハートマンへ銃を向ける場面と、負傷した狙撃兵をジョーカーが見下ろす場面には、同じ系統の電子音楽が置かれている。前半の訓練所と後半のベトナムは場所も画調も大きく変わるが、音だけは似た緊張を保つ。訓練の末に起きた殺害と、戦場でジョーカーが選ぶ殺害を、一つの暴力の連鎖として接続した。
参考情報:AFI(米)
時代の流行歌を戦場の時間軸として配置した。兵士が消費していた明るい大衆文化を戦場の映像へ重ね、歌の軽さと目の前の暴力をぶつけている。部隊がミッキーマウス・マーチを歌う終幕の直後、エンドクレジットはローリング・ストーンズの「黒くぬれ!」へ切り替わり、無邪気な合唱を暗い欲望へ反転させる。
参考情報:公式資料(伊)
公開時、キューブリックは最初に作られた上映プリントの色と仕上がりを認めず、交換用のプリントがそろうまで市場を広げなかった。そのため初期公開は12〜13地域ほどに限られ、追加公開は後ろへずれた。完成したネガが正しくても、複製されたフィルムの色や濃度が違えば観客の見る画面は変わるため、全国展開の速度より上映品質を優先した。
参考情報:AFI(米)
キューブリック、グスタフ・ハスフォード、マイケル・ハーの脚本は、第60回アカデミー賞の脚色賞にノミネートされた。制作中には寄与の範囲とクレジットをめぐって関係がこじれたが、賞の候補記録には三人が同じ作品の脚本家として並んでいる。受賞には至らなかったものの、映画の二部構成と原作再編が正式に評価された。
参考情報:アカデミー資料(米)
2020年12月2日、日本では4K UHDとBlu-rayを組み合わせた2枚組が発売された。4K UHDには117分の本編を2160pで収録し、従来規格のBlu-rayも同梱している。DVDの再発や通常Blu-rayだけの新装版ではなく、同じ作品を二種類の高精細ディスクで提供する国内商品だった。
参考情報:公式資料(日)
2024年の米大統領選集会で、ハートマンが新兵を罵倒し鍛える映像が、強い軍隊の理想像を示す材料として流された。マシュー・モディーンは、映画が描いたのは軍隊の賛美ではなく、訓練と戦争が人間を壊す過程だとして転用を批判した。公開から数十年後、同じ映像が反戦と軍隊礼賛の正反対に読まれる衝突が表面化した。
参考情報:公式資料(米)
ウィリアム・ホープは本作への出演話が進み、キューブリックと仕事をするつもりでいた。その時期に代理人から『エイリアン2』のオーディションを持ち込まれ、ゴーマン中尉役を得たため、先に決まった撮影へ進んだ。結果として、同じ頃に英国で作られた二つの軍隊映画のうち、訓練兵ではなく植民地海兵隊を率いる役を選ぶことになった。
参考情報:公式資料
電子音楽を「アビゲイル・ミード」名義で作ったヴィヴィアン・キューブリックは、ベトナム編にも短く登場する。報道スタッフの一員として撮影用カメラを扱い、戦争を記録する側へ入っている。父の映画のために音を作る一方、画面内ではジョーカーと同じく、戦場を映像へ変える仕事をする人物として姿を残した。
参考情報:AFI(米)
制作費は約1650万ドルと記録されている。米国では上映プリントの品質を確認しながら限定公開から地域を広げ、公開後約24日で興行収入約2100万ドルに達した。大作を初日から大量の劇場へ投入する方法ではなく、複製フィルムを選別しながら上映館を増やしたため、興行の立ち上がりも段階的だった。
参考情報:AFI(米)
兵舎で集団全体が見える構図は確認できるが、「誰も特別扱いしないため専用レンズを作った」という制作意図を示す撮影記録は見つからない。
参考情報:映画データベース(米)
反応を新鮮にするため隔離したという説は具体的だが、俳優または演出部の確認可能な証言へ到達できない。
参考情報:映画データベース(米)
多数のドーナツを食べたという逸話はあるが、本人証言は毛布場面9テイク、便所3テイクまでで、37個という小道具記録は確認できない。
参考情報:映画データベース(米)
削除場面の具体的な内容として流通するが、脚本稿、撮影記録、残存小道具の確認ができない。
参考情報:映画データベース(米)
ロケ地で芝刈り機が巣を壊したという説はあるが、制作日誌または当事者証言を確認できない。
参考情報:映画データベース(米)
人物と状況は具体的だが、事故記録や同乗者の確認可能な証言がなく、候補発見資料の範囲を出ない。
参考情報:映画データベース(米)
本人が作品への関心を語ったという二次情報はあるが、提示された役と正式オファーを示す一次資料を確認できない。
参考情報:映画データベース(米)
配役候補として広く流通するが、本人、監督、配役担当者の確認可能な発言へ到達できない。
参考情報:映画データベース(米)
テレビ出演契約との競合で参加できなかったという説はあるが、役名と正式オファーを裏付ける制作記録がない。
参考情報:映画データベース(米)
両者の会話を含む逸話は具体的だが、当事者の確認可能な原典を確定できない。
参考情報:映画データベース(米)
原作との違いは確認できるが、キャラクター使用許諾が理由だったことを示す書簡や制作証言がない。
参考情報:映画データベース(米)
編集担当者はショットを緻密に組み直したと説明するが、使用システムと「初」の根拠を示す技術記録を確認できない。
参考情報:映画データベース(米)
撮影中の低空飛行事故として流通するが、航空記録、現場報告、乗員証言を確認できない。
参考情報:映画データベース(米)
軍用小銃弾に被覆弾が広く使われることと、題名の意味は確認できるが、ジュネーブ条約がその理由だという説明は誤りである。
参考情報:映画データベース(米)
テレビ版の全画面表示から広まった説明だが、劇場上映と4K商品はより横長の画面を採用しており、単一比率だけを監督意図と断定できない。
参考情報:映画データベース(米)
具体的な年と措置が流通するが、政府発表、配信事業者の告知、信頼できる同時代報道は現時点で見つかっていない。
参考情報:映画データベース(米)
別の作曲家による音楽案があったという説はあるが、契約や録音記録、作曲家本人の発言まではたどれていない。
参考情報:映画データベース(米)
英国ロケの名残として指摘される画面内グーフで、該当ショットは確認候補になるが、版ごとのトリミング差を追加確認する必要がある。
参考情報:映画データベース(米)
画面内で確認できる可能性がある連続性の指摘だが、同一ショットの版差と光の反射を除外できていない。
参考情報:映画データベース(米)
元教練教官として人物像を批判したという説は重要だが、完全なインタビュー原典を確定できないため、趣旨を本人の確定発言としては扱わない。
参考情報:映画データベース(米)
場面と数字は具体的だが、出演者、撮影監督、編集記録のいずれからも該当する回数を確認できない。ドノフリオ本人が語った別場面の数字とは混ぜずに保留する。
参考情報:映画データベース(米)
撮影期間中の家族の変化を強調する逸話だが、撮影六か月強と二十週超の停止期間という制作記録に対し、「子どもが一歳」という時間幅の説明が一致しない。
参考情報:映画データベース(米)