主な参考資料
- Los Angeles Times
- AFI
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1988年公開。本作は『ポランスキーの パイレーツ』(1986)の後、ワーナー・ブラザースから次に何を撮りたいか尋ねられたロマン・ポランスキーが、「パリで、旅行中のアメリカ人の妻がホテルから消えるスリラー」と口頭で示し、その場で企画を通した作品である。ポランスキーと共同脚本家ジェラール・ブラッシュは当初、事件の背景に麻薬取引を考えたものの陳腐だとして捨て、視覚的に撮れることを優先しながら脚本を組み直した。ハリソン・フォードは、妻メリッサ・マシスンがポランスキーと『タンタン』企画を進めるためパリへ赴いた際に同行し、監督が約2時間かけて演じてみせた本作の構想を聞いて出演を決め、人物像もフォードを知った監督の判断で心臓外科医へ変更された。撮影では、グランド・ホテルのロビー、屋上、室内など主要空間をブローニュ撮影所に建てる一方、車の追跡は警察の白バイに守られながら実際のパリの交通に入り、観光絵はがきではない同時代の街を使った。完成作の試写後にはワーナー社長テリー・セメルがパリへ赴いてポランスキーと編集を協議し、ポストプロダクションの遅れで記者向け渡航企画とパリ・プレミアは中止、全米公開も予定の2月12日から26日へずれ込んだ。製作費は2,000万ドルと報じられ、北米興収は約1,764万ドル、海外興収は確認できないため採算までは断定できないが、劇中の主人公だけでなく配給会社までパリで出口を探すことになったらしい。
『ポランスキーの パイレーツ』の後、ワーナーから次作を聞かれたポランスキーは、パリを訪れたアメリカ人の妻がホテルから消えるスリラーだと説明した。この最小限の構想で製作が動き出したという。
ポランスキーとジェラール・ブラッシュは事件の荷物を当初は麻薬にしようとしたが、使い古された仕掛けだとして諜報事件へ組み替えた。監督は画面にでき、現場でも変えられる脚本を求めたという。
初期案にいた主人公夫婦の16歳の娘は脚本から外され、自由奔放な若いパリ女性ミシェルへ置き換えられた。監督は『情事』(1960)とは逆の男女配置だと説明している。
ポランスキーが欲しかったのは観光絵はがきのパリではなく、1980年代の生活感がある街だった。ホテルのロビー、屋上、室内、クラブをブローニュ撮影所に建て、必要な実景だけを街で撮った。
「Les Bains」の経営者によれば、ポランスキーは店内を撮影所へ再現し、灰皿まで同じ物をそろえ、スタッフや常連客も出演させたという。
車の追跡場面は隔離した道路ではなく、実際のパリ交通へ入り、警察の白バイに守られながら撮影した。街の混雑そのものを画面へ取り込んだのである。
ポランスキーによれば、屋上の危険場面は2テイク、スーツケースのショットは1テイクで決まった一方、冒頭のシャワーと電話には約20テイクを費やした。
ポランスキーは当初フォードの自然な演技を直そうとしたが、日常の模倣ではなく、カメラに映るための演技だと理解した後は必要以上に矯正しなくなったという。
経験の浅かったセニエに、ポランスキーは細かな指示を与えすぎず、場面の状況だけを伝えて反射的な表情を残した。財布を抜く場面の表情も本人から出たという。
セニエは高校卒業資格試験を終えた年の9月に本作へ入り、撮影後はワーナーの費用でロンドンへ6か月の英語研修に送られ、3本契約も提案されたという。
ソボチンスキーによれば、『パイレーツ』で2日間のカメラテストが製作者を納得させ、ポランスキーから任される範囲が増えた。その経験により本作の協働は円滑だったという。
【ネタバレあり】公開前の試写後、約15分が削られた。製作者は別エンディング案も認めたが、完全に違う結末ではなく、主人公の勝利度合いを調整するものだと説明した。
ワーナー社長テリー・セメルは試写結果を持ってパリへ赴いた。フランスの著作者人格権制度上、スタジオが監督を外して自由に再編集することは難しかったためである。
ワーナーは北米記者をパリへ招きプレミアも開く予定だったが、ポストプロダクション未完了で両方を中止し、全米公開を2週間延期した。
現存するワーナー表記の脚本は1987年4月10日を最終稿としているが、4月28日から7月14日まで6回の改訂日が残る。撮影開始後も変更が続いたことが分かる。
BBFC記録では1988年の劇場版が119分36秒で、家庭用媒体には114分台の版もある。ただし再生速度やマスター差を含むため、削除版とは断定できない。
劇中で印象的に使われるグレイス・ジョーンズの「I've Seen That Face Before (Libertango)」は、モリコーネ名義の公式サントラ10曲には収録されていない。
公開直前報道の製作費は2,000万ドル。北米累計は約1,764万ドルだが、海外興収が揃わないため、作品全体の採算までは断定できない。
【ネタバレあり】「別エンディングでは妻がスパイだった」という説があるが、同時代の製作者説明と1987年最終稿のどちらにも、その設定は見つからない。
フォードが題名を「Moderately Disturbed」にしようと提案したという逸話は広く流通するが、本人の元発言や当時記事には到達できなかった。現状は確認済み事実ではない。
コスナー、ノルティ、ウィリアム・ハートが主演候補だったという説があるが、製作者・監督・当時の配役報道による裏付けは確認できなかった。
2015年の上映前にセニエが補助ペダルの逸話を話したとされるが、イベントの開催記録はあっても、該当発言の映像・音声・記録は確認できない。