主な参考資料
- 007公式サイト
- AFI
- Turner Classic Movies
- BFI
- The Academy
- TIME
007/ユア・アイズ・オンリーを配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
1981年公開。2026年時点でイオン・プロダクション製作の007シリーズ全25作中第12作であり、ロジャー・ムーア主演作としては第5作である。前作『ムーンレイカー』で宇宙まで行った反動から、製作陣は小規模な諜報戦と現実的なスタントへ路線を戻し、編集・第二班監督を長く務めたジョン・グレンを監督へ昇格させた。グレンは本作から5作連続でシリーズを任され、プロダクションデザインもより現実寄りへ改められた。派手さを削ったというより、シリーズがようやく地球へ帰還し、自分の足元を確認した一本である。
1979年の『007/ムーンレイカー』(1979)で宇宙へ進出したシリーズは、次作では沈没船から回収する暗号装置ATACを巡る諜報戦へ戻った。ボンドが使うのは宇宙船や巨大兵器ではなく、小型車、潜水具、スキー、登山用ロープである。復讐に燃えるメリーナと敵味方の情報を見分ける任務を中心に据え、危険を人間の手が届く距離へ引き戻した。
監督のジョン・グレンは、007シリーズで編集と第二班監督を担当し、追跡やスタントを本編へつなぐ仕事を経験してきた。本作が長編映画監督としてのデビュー作である。以後1989年の『007/消されたライセンス』(1989)まで五作を連続して監督し、1980年代のボンド像を形作った。
製作側はロジャー・ムーアが戻らない可能性を考え、約半年にわたって複数の俳優をボンド役としてスクリーンテストした。1980年7月上旬にはムーアの降板が報じられたが、同月23日には五度目の出演が正式に決まった。脚本には、新しい俳優でもシリーズの過去を受け継げるようにする準備がすでに入っていた。
冒頭でボンドが亡き妻トレイシーの墓を訪れる場面は、過去作へのサービスだけではなかった。別の俳優がボンド役になった場合でも、まず墓碑と人物の過去を示してから顔を見せれば、同じジェームズ・ボンドとして紹介できる。ムーアの続投が決まった後もこの導入は残され、配役交代のための仕掛けが人物の連続性を強めた。
白猫を抱えた車椅子の男は、過去の宿敵ブロフェルドを誰もが思い出す姿で現れる。それでも劇中では一度も名前を呼ばれず、ボンドにヘリコプターを奪われて煙突へ落とされる。『007/サンダーボール作戦』(1965)を巡る権利問題が理由とする説明は広く流通しているが、固有名を避けた直接の契約資料は既存資料では確認されていない。
初代Mを長く演じたバーナード・リーは、本作の製作準備中に亡くなった。製作陣はすぐ別の俳優をMとして置き換えず、任務の説明を参謀長ビル・タナーと国防大臣へ分担させた。そのため本作は、MI6の指令役Mが本編に登場しない珍しい007作品になっている。
本作が一度延期される前の1978年、脚本家クリストファー・ウッドはすでに初稿を提出していた。企画が再始動した完成版では、リチャード・メイボームとマイケル・G・ウィルソンが脚本としてクレジットされ、ウッドの名は出ない。公開までの数年間に、題材の順番だけでなく脚本を書く人も入れ替わった。
イアン・フレミングの短編「007/ユア・アイズ・オンリー」からは、両親を殺されたメリーナが犯人へ復讐する筋を借りた。もう一つの短編「危険」からは、クリスタトスとコロンボが互いを敵だと告発する密輸業者の対立を持ち込んだ。本作は、個人的な復讐と誰を信用するかを見極める諜報戦を一つの任務へつないでいる。
長く007の美術部門で働いてきたピーター・ラモントは、ケン・アダムの予定が合わなかったため、本作で初めてプロダクションデザインを任された。潜水艇、漁船、倉庫、山上の修道院といった舞台は、巨大なSF施設ではなく実在の場所の延長に見えるよう整えられた。以後ラモントは長年にわたりシリーズの美術を担うことになる。
高性能のロータスは、侵入者を感知すると自爆装置で早々に失われる。ボンドとメリーナは代わりに、彼女の黄色いシトロエン2CVで追手から逃げることになる。特殊装備を積んだ高級車をあえて退場させ、七分間の追跡を運転技術とオリーブ畑の地形だけで見せた。
市販のシトロエン2CVは602ccの水平対向二気筒で、出力は約33馬力だった。ジャンプや急坂を含む追跡を撮るため、主役車にはシトロエンGS由来の1.1リットルエンジンを収めた。画面では素朴な大衆車のまま走るが、中身だけはアクション用に作り替えられている。
黄色い2CVが転倒し、坂道やオリーブ畑を駆け抜ける追跡は、1980年9月末から10月初めにかけてコルフ島で12日間撮影された。スタントドライバー兼コーディネーターのレミー・ジュリアンにとって、これが007シリーズへの初参加だった。軽快な数分の場面に、複数台の車と第二班の長い工程が注がれている。
2CVチェイスのため特別改造された三台のうち、冒頭部分に使われた一台は撮影後に長く所在不明となった。後にシトロエン愛好家がパリのスクラップ置き場で見つけ、2025年に初めてオークションへ出品された。廃車寸前だった車体が、映画に使われた個体として来歴を取り戻した。
メリーナ役のキャロル・ブーケは内耳の問題があり、実際の潜水撮影へ参加できなかった。そこで顔のクローズアップだけは水のないセットで撮り、送風機で髪を揺らし、画面手前に人工の泡を流して海中に見せた。海で撮った潜水艇や沈没船の映像と、陸上で撮った俳優の顔を編集でつないでいる。
アル・ギディングス率いる水中班は、沈没船や潜水艇の実景をバハマで撮影した。一方、俳優がセットに触れたり会話したりするカットは、パインウッド・スタジオの007サイレント・ステージに設けた専用水槽で撮られた。この水槽は1977年の『007/私を愛したスパイ』(1977)の潜水艦場面のために整備された設備である。
ギリシャのメテオラでは行政から撮影許可を得ていたが、修道士側は映画を不道徳だとして反発した。建物に洗濯物やシートを掛けて撮影を妨げたため、製作側はカメラの向きを変え、近くの岩峰へ修道院の外観セットを急造した。終盤の登攀場面は、実在の奇岩と撮影用の壁面を組み合わせて完成している。
断崖から落とされたボンドがロープ一本で止まる場面で、登山家兼スタントマンのリック・シルヴェスターは約300フィートを落下した。特殊効果班は、ロープが張る地点に30フィートの砂袋槽を設け、急停止の衝撃を吸収させた。落下の高さだけでなく、止まる瞬間まで安全装置として設計されたスタントである。
スキー追跡を撮るためコルティナ・ダンペッツォへ入った時期、街には数週間ほとんど雪が降っていなかった。製作側は冬の市街地に見せるため、周辺地域からトラック25台分の雪を運び込んだ。山腹に残る自然雪と市街地へ運ばれた雪が、同じ追跡場面の中でつながっている。
スキー選手でもある撮影者ウィリー・ボグナーは、追跡する人物へカメラを向けたまま斜面を移動する必要があった。そこで前向きにも後ろ向きにも滑りやすい専用スキーを使い、走者と同じ斜面に入って撮影した。遠くから望遠で追うのではない、人物のすぐ後ろを滑るカメラの速度感はこの器具と技術から生まれた。
ボンドを追うオートバイは雪道だけでなく、凍ったボブスレーコースへ入る。タイヤには鋭いスパイクを並べたトレッドを装着し、氷上で最高時速50マイル、約80キロの走行に耐えられるようにした。滑りやすいコースを走る映像は、俳優が危険そうに見せる演技ではなく、氷をつかむための車輪の改造を土台にしている。
1981年2月17日、コルティナのボブスレー場面を撮影中に四人乗りのそりがコースを外れる事故が起きた。23歳のスタントマン、パオロ・リゴンが致命傷を負い、同乗していた三人も軽傷を負った。雪上チェイスを作る現場では、実際のスタント撮影による死亡事故が起きている。
プレタイトルでヘリコプターの操縦を遠隔で奪う発想は、ジョン・グレンがパインウッド・スタジオで技師の息子が遊ぶリモコンカーを見たことから生まれた。小さな車の操作を、実機のヘリコプターを操る脅威へ拡大したのである。ボンドが操縦を取り戻す一連の場面は、ロンドンのベクトン・ガス工場跡で撮影された。
崖際で止まったロックの車をボンドが足で蹴り、谷底へ落とす場面に、ロジャー・ムーアは抵抗を示した。自分が演じるボンドには冷酷すぎる行為だと感じたためである。ジョン・グレンはメリーナの両親を殺した相手への報復と、初期ボンドの硬さを表すために必要だと判断し、この一蹴りを完成版へ残した。
シーナ・イーストンは主題歌を録音しただけでなく、モーリス・ビンダーが作るオープニングタイトルにも本人の顔で登場した。歌手をシルエットのモデルとは別に画面の中心へ置くのは、007シリーズで初めてだった。歌声と口元が同期するため、題名が出る前から誰が歌っているかが分かるタイトル映像になっている。
ブロンディは本作のため、完成版の主題歌とは旋律も歌詞も異なる同名曲「フォー・ユア・アイズ・オンリー」を作っていた。製作側はビル・コンティとマイケル・リーソンの曲を歌うよう求めたが、バンドは自作曲を望み、折り合わなかった。採用されなかった曲は1982年のアルバム『ザ・ハンター』に収録されている。
常連作曲家ジョン・バリーは、税務上の事情から英国で本作の仕事を引き受けられなかった。後任となったビル・コンティは、バリー本人の推薦で参加したと語っている。1976年の『ロッキー』で知られるコンティは、オーケストラにシンセサイザーとファンクの響きを加え、1981年のボンド映画らしい音楽を組み立てた。
シーナ・イーストンが歌う主題歌は、ビル・コンティが作曲し、マイケル・リーソンが作詞した。第54回アカデミー賞では歌曲賞候補となり、1981年の『ミスター・アーサー』の主題歌などと並んだ。タイトル映像のためだけに作られた曲ではなく、映画音楽の賞レースでも評価された一曲である。
密輸業者コロンボ役のトポルは、製作者アルバート・R・ブロッコリの妻ダナがパーティーで会い、夫へ推薦したことから候補になった。ボンドの味方にも敵にも見える人物には、舞台と映画で国際的に知られた俳優が選ばれた。コロンボがクリスタトスの正体を暴くまで、トポルの存在感が情報戦の重心を支えている。
リスル伯爵夫人を演じたカサンドラ・ハリスの夫は、当時まだボンド役ではなかったピアース・ブロスナンである。ブロスナンは妻を訪ねてコルフ島の撮影現場へ来て、ジョン・グレンら製作陣と面識を得た。14年後、1995年の『007/ゴールデンアイ』(1995)で五代目ボンドとなる俳優が、家族の撮影同行で先にシリーズの現場へ入っていた。
共同脚本家で製作総指揮も務めたマイケル・G・ウィルソンは、終盤のギリシャの結婚式で司祭を演じている。脚本を整え、製作全体を管理する人物が、画面の中では儀式を進める端役として登場する。後年の007作品でも続く、ウィルソンのカメオ出演の一例である。
修道院の崖を登るボンドの目前から鳩が突然飛び立ち、彼の体勢を崩させる。この驚かせ方は、本作以後のジョン・グレン監督作で鳥が不意に飛ぶ反復モチーフになった。敵や爆発ではない生き物を、登攀の緊張を一瞬増幅させる合図として使っている。
女性の脚越しに銃を構えるボンドを置いたポスターは、露出が強すぎるとして新聞社ごとに修整された。ボストンとロサンゼルスでは膝より上を切り、ピッツバーグでは脚の上に短パンを描き足した例もある。脚のモデルを三人が名乗った後、撮影者モーガン・ケインは脚をジョイス・バートル、腕をジェーン・サムナーが担当したと説明した。
米国では1981年6月26日、1000館で封切られた。これは当時のユナイテッド・アーティスツによる007映画として最大規模の公開で、最初の週末は690万ドル、公開10日間では1723万8007ドルを記録した。物語を地上の諜報戦へ戻しても、配給面ではシリーズ大作として大きく広げられた。
製作費は約2500万ドルと報じられ、公開直後には費用に比べて期待外れだと見る業界評価もあった。一方、後年集計された世界興収は1億9530万ドルで、公式側は当時のシリーズで前作に次ぐ二位としている。公開直後の収支見通しと、世界で長く積み上がった興収は同じ数字ではない。
Blu-ray版の特典には、アイスホッケー場面と人物が合流する場面の削除映像、ロックの車を落とす場面の別アングルが収められている。さらに完成版とは異なる雪上車チェイスと、水中でATACを回収する場面のアニメーション絵コンテも見られる。撮影済みで外された素材と、撮る前に止まった案を同じ商品版で比較できる。
1977年の『007/私を愛したスパイ』(1977)は、末尾で次回作を本作と告知していた。しかし企画は延期され、1979年には宇宙を舞台にした『007/ムーンレイカー』(1979)が先に公開された。後回しになった地上型の企画が、宇宙路線の直後に現実寄りのボンド映画として戻ってきた。
有名な『007/ユア・アイズ・オンリー』のポスターには、女性の脚の間にボンドを配置する大胆な構図が使われた。その脚のモデルをめぐっては複数の主張が語られており、宣伝写真の都市伝説として今も残っている。