主な参考資料
- ComingSoon.net
- fxguide
- The Academy
- Den of Geek
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2014年製作の本作は、脚本家として『28日後…』(2002)や『わたしを離さないで』(2010)に携わってきたアレックス・ガーランドの長編監督デビュー作である。ガーランドは人工知能の扱いを、インペリアル・カレッジ・ロンドンの認知ロボット工学者マレー・シャナハンらに脚本段階で厳しく点検してもらい、観念だけで機械を動かす危険を先に避けた。制作側によれば最難関は配役で、アリシア・ヴィキャンデルは白い化粧を施した映像オーディションで役を得て、バレエで培った身体の制御を、後でCGに置き換わる窮屈なスーツの演技へ差し出した。撮影は全6週間、パインウッドの二つの大型セットで4週間、ノルウェーの外景で2週間を使い、撮影監督ロブ・ハーディは360度を撮れる密閉セットに実在の照明器具を埋め込み、SFらしい蛍光灯の白さを避けた。VFX班はヴィキャンデルを消して作り直すのではなく、顔・手・足など実演を残し、反射だらけのガラスセットでは各テイクのクリーンプレートと複数回のボディートラッキングで機械部分を接続した。製作費はThe Numbersが1,300万ドル、Box Office Mojoが1,500万ドルと集計し、世界興収も約3,690万〜3,830万ドルと幅があるが、視覚効果賞を獲得した小規模SFであり、「低予算」が1,500万ドルを指す映画業界では、金額感覚まで少し未来に住んでいる。
本作は、脚本家としてDNA Filmsと長く組んできたアレックス・ガーランドの長編監督デビュー作である。プロデューサーのアンドリュー・マクドナルドらはガーランドに、ほかの監督なら誰でも撮りたがる脚本を書けば、自分で監督してよいと伝えた。ガーランドが持ち帰った脚本が本作だった。
アリシア・ヴィキャンデルはエヴァ役の録画オーディションで、顔へ白い化粧を施し、人工的な存在に見えるよう工夫した。その映像を見た制作陣が起用を決めた。アレックス・ガーランドは、ヴィキャンデルが幼少期からバレエを学び、歩き方、手、首の角度まで細かく制御できる点も役に適していたと説明している。
ソノヤ・ミズノが最初に受けたのは、台詞のない背景出演者のオーディションだった。アレックス・ガーランドはミズノに会い、ロイヤル・バレエで鍛えた身体表現なら、話さずに内面を示すキョウコを演じられると判断して役を広げた。本作はミズノにとって最初の映画出演となった。
オスカー・アイザックはネイサンを演じる際、独学の天才で人間嫌いでもあったチェス選手ボビー・フィッシャーを参考にした。さらに、同じニューヨークのブロンクス出身でチェスにも通じた映画監督スタンリー・キューブリックの1960年代の話し方を聞き、外見にもキューブリックの要素を入れた。映画全体のモデルではなく、アイザック個人の役作りである。
脚本上のネイサン邸はアラスカにあり、制作班はスペイン、欧州各地、アラスカ、スコットランドまで候補地を探した。最終的にロブ・ハーディたちは、垂直の岩壁と深いフィヨルドが人間の尺度を狂わせるノルウェーを選んだ。風景は単なる代役ではなく、エヴァが初めて世界を見る時の異質さを表す画面として撮られた。
本作で一つの建物に見えるネイサン邸は、ノルウェーのFjora Houseという私邸とJuvet Landscape Hotelを組み合わせた。両方をJensen & Skodvinが設計していたため、岩、ガラス、木材の共通した意匠が別々の場所を一続きに見せた。室内の一部はPinewood Studiosのセットで補われた。
エヴァの観察室は、囚われているエヴァへ広い空間を与え、彼女を救おうとするケイレブを中央の小さなガラス箱へ閉じ込める設計になった。さらに、エヴァの側には見えるのに入れない庭を置いた。美術監督マーク・ディグビーは、自由を示す自然と監視を続ける人工構造を同じ画面へ入れたのである。
Pinewood Studiosの室内セットは、当初、SFらしい冷たい蛍光灯を入れる設計だった。撮影監督ロブ・ハーディはその定型表現を避け、照明班に2週間をかけて40ワットのタングステン電球を三つのセットへ組み込ませた。多数の小さな光を拡散し、光源そのものより、部屋全体から柔らかく光が出る画面を作った。
本作はヘリコプターと格闘の場面を除き、絵コンテをほとんど作らなかった。アレックス・ガーランド、俳優、ロブ・ハーディはPinewood Studiosで9〜10週間準備し、建設中のセットを歩きながら人物の動きを決めた。似た構図になりやすいエヴァとの面談を一回ずつ異なる感情と撮り方にするため、この実地準備が絵コンテの役割を果たした。
ロブ・ハーディは本作の準備で、異質な風景の美しさを持つ『ストーカー』(1979)と、誰を信じてよいか分からない不安が続く『遊星からの物体X』(1982)をアレックス・ガーランドと話し合った。ただし、両作品の画面を再現したのではない。閉鎖空間で観客の味方が変わる感覚を支える参考として使った。
本作で使ったCooke Xtal Expressは手作りの古いアナモフィックレンズで、同じ焦点距離でも個体ごとに像の癖が違った。撮影班はPanavision Londonにある複数組から必要な個体だけを選び、新しい一組を作った。ロブ・ハーディはこの作業を『続・夕陽のガンマン』(1966)でトゥーコが複数の銃から部品を選ぶ場面になぞらえ、「Tuco Set」と呼んだ。
エヴァの身体を作る場面でも、アリシア・ヴィキャンデルをグリーンバックの前へ隔離しなかった。俳優同士の視線と会話を優先し、まず通常のドラマと同じように演技を撮り、その後で人物のいない同じ背景も撮った。VFX班はヴィキャンデルの顔、手、足、動きの細部を残しながら、胴体の一部を機械へ置き換えた。
エヴァ役の衣装には、合成用の目印を後から隠すのではなく、腕、手首、足首のゴム輪へ小さな真鍮の鋲を組み込んだ。鋲はVFX班がアリシア・ヴィキャンデルの身体の動きを追う固定点になり、完成画面にも意匠の一部として残っている。衣装デザインと合成作業を一つの部品で両立させた例である。
VFX監修アンドリュー・ホワイトハーストは、エヴァを過去のロボットの寄せ集めにしないため、制作班がロボットの写真を見ることを禁止した。代わりにブランクーシやバウハウスの彫刻、F1車のサスペンション、高級コンセプト自転車、人間の解剖を参照した。工業製品と生物の構造が同時に納得できる身体を狙ったのである。
本作の本撮影は6週間だったが、撮影後の仕上げには6か月を費やした。エヴァの長い会話場面では、アリシア・ヴィキャンデルの小さく滑らかな動きと、古いレンズ特有の像のゆがみを同時に追う必要があった。VFX班は一律の機械モデルを当てず、ショットごとに身体の三次元骨格まで変形させて実写へ合わせた。
音響監修グレン・フリーマントルの班は、ロボットの定型であるサーボモーターの作動音を録らなかった。代わりに油の中でジャイロスコープ、つまり回転を安定させる装置を回すなどして、エヴァ固有の小さな機械音を作った。静かな長い会話を壊さず、人間の身体ではないことだけを耳へ伝える設計である。
ネイサンとキョウコのダンスは、その場で俳優が思いついた短い即興ではない。オスカー・アイザックとソノヤ・ミズノは振付師からディスコの動きを習い、数週間かけて同期させ、撮影には一日を使った。当初は完成版のおよそ2倍の長さがあり、編集で現在の不意打ちのような場面へ絞られた。
The Numbersは本作の製作費を1,300万ドル、北米興収を2,544万971ドル、世界興収を3,826万1,299ドルと集計している。北米では4館から始まり、最大2,004館まで拡大した。第88回アカデミー賞では、制作規模の大きい候補作を抑えて視覚効果賞を受賞したが、興収と製作費の比較だけで宣伝費や最終利益までは確定できない。
【ネタバレあり】本作の終幕には当初、脱出したエヴァがヘリコプターの操縦士と話し、相手の言葉を音声ではなく信号のように知覚する主観映像があった。制作班はこの場面を撮影し、仮のVFXまで作ったが、アレックス・ガーランドはエヴァを冷たい機械だと読む方向へ観客を導き過ぎると判断して削除した。完成版がエヴァの内面を説明し切らないのは、撮れなかったからではなく、監督が解釈の余地を残した結果である。
本作でロボットが映るVFXショットは約350で、現代の大作としては多い数字ではない。しかしVFX監修アンドリュー・ホワイトハーストによれば、処理したショットは平均約8秒あり、一般的なアクション映画のVFXショット約2〜3秒より長かった。短い見せ場を数多く作るのではなく、アリシア・ヴィキャンデルの会話と身体表現を途切れさせず機械の身体へ置き換える作業に時間を使ったのである。
「エヴァは俳優の動きを別室で記録し、全身をCGで作った」という説明は正確ではない。本作はアリシア・ヴィキャンデルをほかの俳優と同じセットで撮り、顔、手、足、身体表現を実写に残した。VFX班は衣装の真鍮の鋲を目印に、胴体の一部を機械へ置き換えたのであり、演技そのものをCGへ差し替えたわけではない。
「本作のネイサン邸はノルウェーのJuvet Landscape Hotelをそのまま撮った」という紹介は不完全である。同じ建築家が設計したFjora Houseも使い、地下施設や観察室などはPinewood Studiosに建てた。共通する岩、ガラス、木材の意匠と編集によって、三つの撮影空間が一軒に見えている。