1987年公開。J・G・バラードの半自伝的小説の映画化権を得たワーナーは、当初ハロルド・ベッカーを監督に想定し、その後デヴィッド・リーンへ企画を託したが、リーンも開発途中で降板した。プロデューサーとして参加していたスティーヴン・スピルバーグは、原作を読んだ時点から密かに自分で監督したいと考えており、最終的に企画を引き継いだ。中国側との約1年にわたる交渉を経て上海で大規模撮影を行い、1940年代以来初めて同地で撮影されたアメリカ映画となった。製作費約2,500万ドルに対し世界興収は約6,670万ドルだったが、北米では期待を下回り、当時は商業的失望作とも見なされた。名匠から名匠へ渡された大企画も、観客まで予定どおり引き継げるとは限らなかったようだ。
少年時代のクリスチャン・ベールは『太陽の帝国』で主演を務め、戦争に飲み込まれる子どもの視点を背負った。後の大スターを知ってから見ると、すでに初期代表作としての重さがある。
J・G・バラードの半自伝的小説を映画化したのが『太陽の帝国』だ。少年の冒険談に見える場面にも、作者自身の記憶に近い上海の戦争体験が影を落としている。
上海で大規模撮影されたことは、『太陽の帝国』の大きな制作トピックだ。西洋のスタジオだけで作った戦争映画ではなく、画面に上海の広がりを入れようとした点が重要だ。
スピルバーグは『太陽の帝国』で、戦争を兵士ではなく少年ジムの目線から描いている。爆撃や収容所も、子どもの憧れと混ざる奇妙な戦争体験として映る。
ジョン・ウィリアムズの音楽は、『太陽の帝国』で少年の高揚と戦争の不安を同時に広げている。飛行機を見上げる場面ほど、音楽が憧れと恐怖を一緒に鳴らす。
ベン・スティラーは『太陽の帝国』に小さな役で出演している。後のコメディスターの印象が強いだけに、戦争映画の中で見つける若き日の顔がちょっと意外だ。
飛行機への憧れと戦争の恐怖が同居するところが、『太陽の帝国』の独特な味だ。少年ジムにとって飛行機は美しいものでもあり、世界を壊す危険な象徴でもある。
収容所の日常を子どもの目線で見せるため、『太陽の帝国』は戦争映画なのに生活の細部が多い。飢えや取引や遊びが入り混じり、戦争が日常へ入り込む怖さが出ている。
脚色にはトム・ストッパードが関わっている。『太陽の帝国』では、原作の内面を映画の場面へ置き換える文芸映画としての設計も見どころだ。
派手な戦闘そのものより、少年の見え方が変わっていくことが『太陽の帝国』の中心だ。戦争を理解できないまま適応していく視点の変化が物語を動かす。
上海ロケの規模は、『太陽の帝国』を語る上で外せない制作背景だ。戦時下の混乱を広い画面で見せることで、少年ひとりの物語が都市全体の記憶へ広がる。
戦争映画でありながら、少年が世界の残酷さを知っていく成長譚でもあるのが『太陽の帝国』だ。飛行機への夢が変質していく過程に、失われる無邪気さが刻まれている。
J・G・バラードの人生をそのまま映した完全再現、という説明は『太陽の帝国』には単純すぎる。原作の記憶を土台にしながら、映画版は脚色された戦争寓話として成立している。
少年主演の過酷な撮影をめぐって、危険な場面を俳優本人だけが担ったような武勇伝が混ざることがある。『太陽の帝国』は子役の演技と撮影設計で作られた映画制作の成果として見るべきだ。
テレビ放送や短縮版の記憶から、『太陽の帝国』には別バージョンの話が混ざりやすい。場面の有無を語るときは、放送編集や記憶違いを含むバージョン混同に注意したい。