主な参考資料
- The Academy
- Los Angeles Times
- AFI
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1993年公開。CMやビデオアート出身で長編未経験だったマルコ・ブランビヤを、ジョエル・シルヴァーが大作の監督へ抜擢し、シルヴェスター・スタローンとウェズリー・スナイプスを未来都市へ放り込んだ。撮影開始3日後にヒロイン役のロリ・ペティが降板し、サンドラ・ブロックへ交代、さらにスタローンの腕の負傷で約1週間止まるなど、初監督への歓迎はかなり手荒だった。再建されたロサンゼルス・コンベンションセンターを初めて大規模撮影に使い、企業ロゴと無菌的な公共空間を集めて未来社会を設計した。公開後は北米興行で首位を獲得し、制作上の混乱をどうにか娯楽へ凍結保存した。秩序を押しつける未来を笑う映画だが、撮影現場が最も欲しがっていたのは、降板も負傷もない普通の秩序だったようだ。
もともとの脚本は、冷凍された刑事が未来で宿敵と再戦する比較的まじめなアクション映画だった。ダニエル・ウォーターズは約2〜3週間の改稿で、罵り言葉を検知する機械、広告ジングルしか流さないラジオ、過剰に清潔な社会などを加えた。爆発と格闘を中心にした骨格は残しつつ、その周囲へ風刺と悪ふざけを詰め込んだことで、本作特有の調子が生まれた。
スパルタンが「三つの貝殻」の使い方に困るだけでは、場面は謎を残して終わる。撮影中の改稿に入ったジョナサン・レムキンが、罵り言葉を連発して違反切符を大量に出し、それをトイレットペーパー代わりに持っていく落ちを加えた。未来社会の二つの仕組みを一つの笑いへ結びつけたが、完成版の脚本クレジットにレムキンの名は出ていない。
サン・アンジェルスは当初、古い装飾を残したヴィクトリア朝風の未来として準備されていた。監督と前任の美術デザイナーが対立した後、デヴィッド・L・スナイダーが引き継ぎ、そのセット案を破棄した。完成版の白く滑らかで企業的な都市は、準備済みの美術を生かした結果ではなく、製作途中で方向を反転させて作り直したものである。
『ブレードランナー』(1982)で退廃したロサンゼルスの美術監督を務めたデヴィッド・L・スナイダーは、本作を正反対の未来都市を作る機会と考えた。煤けた街ではなく、清潔で安全に見えるサン・アンジェルスを設計し、「画面の一インチまで未来にする」という規則を置いた。色、照明、車、小道具が同じ企業的な美意識に従うため、地下世界へ降りた瞬間の汚れと雑多さがいっそう際立つ。
美術設計の予算は125万ドルで、冷凍刑務所の機械効果まで含めたセット費は約700万ドルに達した。美術部はセットだけでなく、VFX、劇用車、アクション小道具、制作イラストと絵コンテ、視覚効果美術へ分かれていた。未来の街を背景として飾るのではなく、車が走り、装置が動き、俳優が格闘できる複数の実働部門として組み上げている。
冷凍睡眠を既存のSF映画と違って見せるため、囚人のカプセルは上下から中身を眺められる水平構造にされた。発想の核は、人物を本のように棚へ収めた「図書館」である。凍結中の肉体にはラテックス人形を使い、1000ポンドを超えるカプセルを正確に動かす装置の調整が難航して、撮影を一週間止めたこともあった。
冒頭で崩れ落ちる建物は、壊す予定だった実在建物の内部を対決用セットへ作り替え、本当に爆破したものである。撮り直しのできない解体を押さえるため、マルコ・ブランビヤは13台のカメラを配置し、安全確認と位置決めに一日近くを費やした。爆破に成功した時には夜明けが迫り、爆炎の熱を近くの屋上にいた監督も感じたという。
冒頭のスパルタンは、チヌーク・ヘリから約300フィート、約91メートルを一気に降下する。演じたスタントマンのケン・ベイツは、反動でローターへ戻される危険があるバンジーを避け、落下速度と停止位置を制御できる自作の減速装置を使った。この装置は高所落下スタントの安全性を高めた技術として、1992年度のアカデミー科学技術賞を受けている。
荒廃した1996年のロサンゼルスには、実物の建物解体と炎、ミニチュア、フィルムの光学合成が混在している。燃え上がるハリウッド看板もCGではなく、物理的に作って撮影した模型である。デジタル処理へ全面的に任せる直前の時代に、現実の破壊と縮尺模型を光学処理で一つの都市へつないだ。
冷凍液の滴が空中で固まり、フェニックスへ迫るショットは、アート・グリーンバーグ・アソシエイツが約一か月をかけて作った初期CGである。その直後、凍結した頭部が砕ける瞬間は物理模型へ切り替え、フォトソニックス製の高速度カメラで毎秒400コマ撮影した。ひと続きの決着に見えるが、液体の変化と破壊で技法を分けている。
地下の食堂からエレベーターで地上へ出る一連の移動は、一つの巨大セットで撮られていない。食堂用の小セット、イーグルロック発電所、実在のエレベーターシャフト、エレベーター内のセットを順につないでいる。各場所へ同じ蛍光灯と強い逆光を置くことで、構造の異なる四地点を連続した地下都市にまとめた。
製作費が当初承認された約4800万ドルから約7,000万ドルへ増え、各地で予定していた背景用のロケ撮影は削られた。製作陣はカリフォルニア州内に範囲を絞り、空港、企業キャンパス、コンベンションセンターなど、すでに未来的に見える建築を探した。新しい都市をすべて建てる代わりに、現実の企業空間が持つ清潔さと均質さをサン・アンジェルスへ取り込んだ。
第一班の撮影は約72〜75日で終える計画だったが、実際には112日まで延び、第二班も追加で約75日稼働したと報じられた。長期化すると、当初の契約期間を終えたスタッフは次の仕事へ移らなければならない。製作中に第一助監督が五人起用されたのは、単なる現場の混乱だけでなく、予定を大きく越えた撮影が人員構成まで変えた結果だった。
製作費は当初4500万〜5000万ドル規模で始まったが、完成後の数字は一致していない。ワーナー側は約6,000万ドル、監督マルコ・ブランビヤは約7,000万ドルと説明し、公開当時の取材では最大7700万ドルという関係者証言も出た。さらに宣伝費まで含めた総額は約9700万ドルと報じられ、どこまでを製作費へ含めるかで1000万ドル以上の差が生じている。
レニーナ・ハクスリー役はロリ・ペティで撮影が始まり、スパルタンと居住区で会話する場面まで撮られていた。しかし監督は、スタローンとの掛け合いに必要な相性が成立していないと判断し、開始から約2日で再配役に踏み切った。候補者の面談で出演を強く望んだサンドラ・ブロックが引き継ぎ、撮影済みの場面もやり直された。
ウェズリー・スナイプスはサイモン・フェニックス役をすぐには引き受けなかった。マルコ・ブランビヤは『ライジング・サン』撮影中のトレーラーへ出向き、自分が考える映画の調子と、書き直している脚本の方向を直接説明した。面談の翌日、スナイプス側から出演を承諾する連絡が入り、単なる凶悪犯ではない、即興と笑いを含むフェニックスが形になった。
シルヴェスター・スタローンは、少ないテイクで撮影を進める監督との仕事に慣れていた。一方、CM出身で長編初監督のマルコ・ブランビヤは、場面によって15〜20テイクを重ね、台詞の間や反応を細かく調整した。撮影中には負担になったが、スタローンは後に、その粘りが完成版の演技へ役立ったと監督へ伝えている。
タコベルでレニーナが着るドレスは、未来的な宝石状の装飾を全身へ重ねた結果、約35ポンド、約16キロの重さになった。サンドラ・ブロックは普通に歩くことにも苦労しながら、食事場面と店外の騒動を演じている。軽やかに見える衣装だが、実際には小さな子ども一人分ほどの重量を身につけていた。
地下で暮らすスクラップスの衣装には、未来的な新素材を与えないという規則があった。古タイヤや地上で捨てられた物を拾い、防具や衣服へ作り替えている。地上の警察官が同じ色と形の整った制服を着る一方、地下の人々は一着ごとに異なる再利用品を身につけ、二つの社会の資源差を素材そのもので表した。
未来のトイレに何を置くか思いつけなかったダニエル・ウォーターズは、友人の脚本家ラリー・カラゼウスキーへ電話した。相手は偶然トイレにいて、便器のそばに飾られた貝殻を見つけた。ウォーターズはそれを「三つの貝殻」として脚本へ入れ、具体的な使い方を決めないまま、スパルタンだけが知らない未来の常識として残した。
タコベルは二社に断られた末に「未来唯一の外食店」になった。脚本ではバーガーキングだったが同社が断り、続いてマクドナルドもR指定作品への登場を受け入れなかった。提携に応じたタコベルを高級店へ変えることで、企業名そのものが「フランチャイズ戦争を勝ち抜いた」という冗談の中心になった。
米国版ではタコベルが未来唯一のレストランだが、当時同社の知名度が低かった地域向けにはピザハット版が作られた。俳優が別の店名を口にする素材を撮り、台詞の吹替、看板、ロゴを差し替えている。現在の4K UHDは二つの版をシームレス分岐で収録しており、同じ物語の中で「フランチャイズ戦争」の勝者だけが地域によって変わる。
公開から25年後の2018年、タコベルは劇中の2032年型店舗を現実に作った。サンディエゴ中心部の店を三日間のポップアップへ変え、未来的な外観、ネオン装飾、映画を意識した食事体験を用意した。撮影時にはR指定映画への協力を受け入れた最後の候補だった企業が、後年には自社史へ載せる公式イベントとして映画の冗談を再現した。
最初の編集版は約2時間37分あり、スパルタンが地下世界で成人した娘ケイトと再会する筋も撮影されていた。ところが終盤の勢いを止め、レニーナが娘ではないかという誤解も生むとして、再会場面は丸ごと削除された。完成版でスパルタンが戦闘中にかばい、最後にエドガーの隣へ立つ若い女性が、その娘として撮影された人物である。
終盤のカーチェイスは交通を止め、約6夜かけて撮影した。俳優が走行車から身を乗り出す場面では、スタジオに路面型のコンベヤーを作り、安全に車体へ戻れる動きを撮っている。一方、車から別の車へ飛び移るスタントはデジタル代役を使わず実演し、走行速度は時速約40キロから、テイクを重ねるうちに約72キロまで上げられた。
未来車が衝突すると、エアバッグの代わりに白い「安全フォーム」が車内を埋め、乗員を包み込む。その効果をスタントマンでリハーサルしたところ、急速に広がる素材または装置によって負傷者が出た。作中では事故から人を守る技術として描かれるが、監督の回想では、この場面が本作の撮影で唯一けが人を出した特殊効果だった。
スパルタンとレニーナがヘッドセットを着ける仮想セックス場面は、実物効果を得意とするコロッサル・ピクチャーズと制作された。身体の断片や抽象的な動きを含む素材を大量に撮ったが、完成版に使われたのは約10分の1である。裸体表現を抑え、物語の速度を落とさないため、実験映像として作った大半が編集で外された。
エンド曲は1981年の曲を映画用に再録した。スティングがポリスのアルバム『ゴースト・イン・ザ・マシーン』で1981年に録音した曲で、脚本家ピーター・M・レンコフも題名の着想にした。1993年の映画化に際し、スティング本人がよりインダストリアルな音へ作り直して再録した。
2014年12月23日発売の日本版ブルーレイには、玄田哲章がスタローンを演じるソフト版と、佐々木功が担当した1997年『日曜洋画劇場』版の二種類が入った。テレビ版は放送枠に合わせて場面が削られていたため、商品化の際に欠落部分の吹替を追加収録した。ウェズリー・スナイプスのフェニックスは、どちらの版でも江原正士が演じている。
Arrow Filmsの4K UHDは、オリジナル35mmカメラネガから映像を修復し、監督マルコ・ブランビヤが仕上がりを承認した。地域によって異なるタコベル版とピザハット版は、同じディスク上のシームレス分岐で保存されている。さらに監督と脚本家ダニエル・ウォーターズの新録解説、美術、スタント、特殊メイク、人体効果の担当者取材を収録した。
本作は暴力描写のため米国でR指定を受けたが、公開時にはマテル製のアクションフィギュアも販売された。さらにGMが未来車を供給し、タコベルが物語へ組み込まれるなど、劇中世界と商品展開を強く結びつけている。成人向け指定の映画を、子ども向け玩具を含む大規模な宣伝企画で売るという、公開戦略上のねじれを抱えた作品だった。
一部海外版では未来唯一のレストランがピザハットへ変わり、台詞、看板、主要なロゴが差し替えられた。しかし店へ到着する場面や襲撃時の窓、給仕の衣装などには、元のタコベルの印が残っていると確認できる。全場面を撮り直したのではなく、米国版の素材へ吹替と部分的な映像修正を重ねた版だった。
フェニックスが「人質はスパルタンの突入前から死んでいた」と明かす台詞は、当初、地下の橋で二人が直接戦う場面に置かれていた。地下戦を大幅に短縮した後、物語に必要な告白の音声だけをカーチェイスへ移した。そのため完成版では、重要な台詞が聞こえているのに、車内のフェニックスの口が動いていないショットが残っている。
エドガー・フレンドリー役がデニス・リアリーに決まると、脚本には本人が得意とする早口の長広舌を聞かせる場面が加えられた。食べ物、葉巻、雑誌を選ぶ自由について延々と語る演説には、リアリーのスタンドアップ・コメディの一節も取り込まれている。未来社会への反論であると同時に、配役したコメディアンの舞台芸を映画へ移した台詞だった。
レニーナ・ハクスリーという姓名は、オルダス・ハクスリーの小説『すばらしい新世界』から作られた。名は小説の登場人物レニーナ・クラウン、姓は作者自身から取っている。快適さと秩序を保つ代わりに、生き方や感情まで管理する社会を描く小説の人物名と作者名を、2032年の警察官一人へ重ねた。
サン・アンジェルスを走る未来車には、GMが開発した複数のコンセプトカーが使われた。外装だけを未来風にした量産車ではなく、高価な実験車を終盤のカーチェイスにも実際に投入している。道路を封鎖し、借りた車を壊さず、その間をスタントマンが移動できるよう、車両の位置と動作は細かな絵コンテで決められた。
コクトーが会議室を歩くと、遠隔参加者の顔を映した複数のモニターが、本人を見続けるように向きを変える。画面を壁へ固定するのではなく、特殊効果撮影でカメラの動きを再現するモーションコントロール(カメラや模型の動きを数値制御して繰り返す撮影技術)・モーターを台座へ転用した。遠隔会議を単なる映像通信ではなく、顔を持つ機械が室内へ同席する舞台装置として作っている。
未来から始まる脚本へ1996年の場面を足す際、フレッド・デッカーが「カンザスを見せなければオズが特別にならない」と提案したという話がある。ただし、この言葉を記録した本人の証言や脚本開発資料は確認できない。現在と未来を対比する発想にはよく合う言葉だが、実際の提案として引用するのは控えた方がよさそうだ。
「スタローンが悪役に望んだが、英雄像を守るため断ったという配役説」という話がある。制作側がこの経緯を認めた記録は、現時点では確認されていない。この説を裏付ける当事者証言や制作記録は、まだ見つかっていない。
István Nemereが自作と映画の75%が一致すると主張したという話がある。ただし、発言の原典や75%とする算定根拠は確認できない。類似を感じたのかもしれないが、数字まではそのまま信じない方がよさそうだ。
液体を満たす撮影を本人が極度の恐怖として振り返ったという話がある。ただし、出どころまでたどれる当事者の証言や制作資料は見つかっていない。そう考えると筋は通るが、今のところは決めつけない方がよさそうだ。