『デイライト』主人公が死ぬ結末も撮影していた スタローンが考えた贖罪
『デイライト』のキットは、もともと最後に死ぬはずの人物でした。シルヴェスター・スタローンは1996年のインタビューで、主人公が死亡する結末を実際に撮影したと話しています。ただし、スタジオが完成版への採用を認めなかったため、その結末は使われませんでした。[1]
脚本に一度書かれただけの没案ではなく、カメラの前で演じられた別の結末です。
・最初から、人を救うことだけを考えていたのではない
スタローンが同じ取材で説明したのは、キットの行動の出発点でした。本人の解釈では、前半のキットは純粋に人命救助へ向かっているだけではなく、自分の罪悪感を取り除きたいという動機で動いています。[1]
過去を背負った人物が、危険な場所へ戻っていく。外から見れば勇敢な救助活動でも、その内側には自分自身を救いたい気持ちがある、という役の捉え方です。
だからこそスタローンは、キットが最後に他者のために動くことと、命を落とす結末を結び付けていました。その死を、当初の意図であり、筋の通る終わり方だったと話しています。[1]
・軽口を言うヒーローから、期待をずらした
初期の脚本にあったキットは、もっと軽い調子の人物でもありました。スタローンは、血や大惨事を前にしてまで軽口をたたく造形を抑えたと説明しています。[1]
危機を冗談で受け流す無敵の人物にしてしまうと、罪悪感から行動する弱さや、最後に他人を選ぶ重さが変わってしまいます。これは、スタローンが取材で語った役の変更を踏まえると見えてくる違いです。
・生き残る結末でも、背負っていたものは残る
完成版では、キットは生き残ります。スタローンの説明から見えてくるのは、死亡版が単に観客を驚かせるための悲劇ではなく、罪悪感で動き始めた人物が他人のために命を差し出す、という役の解釈につながっていたことです。[1]
キットが何を償おうとし、いつ他者へ目を向けるのか。完成版でもその変化を追うと、主演が別の結末を自然だと考えた理由が見えてきます。