主な参考資料
- The Criterion Collection
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1954年公開の本作は、近松門左衛門の人形浄瑠璃『大経師昔暦』を川口松太郎が『おさん茂兵衛』として脚色し、依田義賢が映画脚本へ組み直した大映京都作品である。香川京子は当初お玉役の予定だったが、溝口健二が『山椒大夫』(1954)で組んだ香川を気に入り、おさん役を望んだと後に聞かされ、ベネチアから帰国した約1週間後には京都で撮影へ入った。京言葉、裾を引く着物、人妻役のすべてが初めてだった香川は、母親役の浪花千栄子から言葉と所作を学び、衣装を借りて嵐山の旅館で歩く練習をした。溝口は座る位置や動きを細かく教える代わりに「反射して」と繰り返し、茂兵衛を追う場面では、何度も演じて疲れた香川が転び、自分の悔しさとおさんの悲しみが重なった瞬間を見て本番へ進んだ。宮川一夫はおさんと茂兵衛を琵琶湖のきらめきとともに捉え、長谷川一夫にとって初の溝口作品となった本作は、1955年カンヌ映画祭上映、1954年度キネマ旬報ベストテン第5位へつながった。後年の4K修復は現存する最良の初期マスターポジを使い、宮川の助手だった宮島正弘とマーティン・スコセッシが画調を監修し、2017年のベネチア国際映画祭で披露された。
本作は1954年11月23日に公開された劇場映画である。放送題にある「4Kデジタル修復版」は、同じ1954年版を4Kで復元したものだ。JFDBは2017年のベネチア国際映画祭上映を別項目で記録しており、作品年そのものは1954年のままである。
本作の出発点は、近松門左衛門の人形浄瑠璃『大経師昔暦』である。ただし原作から映画へ直接移したのではなく、川口松太郎が脚色した『おさん茂兵衛』を経由し、依田義賢が映画脚本を書いた。Criterionのクレジットは、この三段階を分けて記録している。
香川京子は当初、南田洋子が演じた女中のお玉役に決まっていた。香川が後に聞いた説明では、溝口健二が『山椒大夫』(1954)で組んだ香川を気に入り、おさん役にしたいと望んだという。大映社長の永田雅一は、ベネチアから帰国した香川を空港で迎え、変更を本人へ伝えた。
永田雅一からおさん役への変更を告げられてから、香川京子が京都の撮影へ入るまで約1週間しかなかった。当時22歳の香川にとって、京言葉、裾を引く着物での歩行、人妻役のすべてが初めてだった。急な変更は、発音だけでなく身体の動きまで短期間で整える必要を生んだ。
香川京子の短い準備期間を支えたのが、劇中でおさんの母を演じた浪花千栄子である。浪花は香川に京言葉と所作を教え、香川は衣装部から着物を借りて、浪花が経営していた嵐山の旅館で裾を引いて歩く練習をした。発音と身体の動きを同時に覚えるための実地訓練だった。
溝口健二は香川京子に、座る位置や動きを細かく教える演技指導をほとんどしなかった。代わりに溝口が繰り返したのが「反射して」という言葉である。香川は、自分の台詞の番を待つのではなく、相手の動きへの反応から言葉と身体が出ることを求められたのだと振り返っている。
茂兵衛を追う場面で、香川京子は何度演じても溝口健二にカメラを回してもらえなかった。疲れた香川が胸を打つほど転び、演技ができない悔しさとおさんの悲しみが重なったまま茂兵衛へ迫ると、溝口は「本番行こう」と判断した。香川は、この経験で「反射して」という演出の意味をつかんだと語っている。
香川京子は2023年の4K版上映後、本作を長い女優人生の中で最も印象に残る作品と紹介した。香川が強調したのは名作への出演歴だけではなく、溝口健二から相手に反応して演じることを学んだ経験である。後年の評価と撮影時の学びが、本人の中で同じ作品に結びついている。
本作は長谷川一夫が初めて出演した溝口健二作品である。KADOKAWAの公式解説は、上方和事の伝統を受け継ぐ長谷川の型と、溝口の写実的な演出が交わったことを作品の見どころに挙げる。スターを消すのではなく、持ち味を別の演出法へ接続した配役だった。
撮影監督の宮川一夫は、逃避するおさんと茂兵衛を湖面のきらめきとともに捉えた。JFDBは、身分差と家父長制に追い詰められた二人が真実の愛へ気づく過程を、水面の光が包む構図として紹介している。風景は背景ではなく、人物の感情を画面で受け止める役割を担った。
Criterionの映画研究者ヘイデン・ゲストは、本作が人形浄瑠璃の厳格な形式を捨てず、人物との距離、構図、動きへ変換したと分析している。『雪之丞変化』(1963)、『絞死刑』(1968)、『心中天網島』(1969)と比較しても、舞台をそのまま再現するのではなく、映画の空間へ組み替える方法が際立つという位置づけである。
本作は1955年のカンヌ映画祭で上映され、1954年度キネマ旬報ベストテンでは第5位となった。KADOKAWAは芸術祭参加作品であることも公式商品情報へ記録している。2017年の4K修復版上映だけで評価が始まったわけではなく、初公開期から国内外へ届いていた。
本作の4K修復は、現存する最良の初期マスターポジを素材に進められた。マスターポジはオリジナルネガから焼いた保存・複製用のポジフィルムで、修復班は残された素材から元の画調を再構成する必要があった。The Film Foundationは『山椒大夫』(1954)とともに、この素材選定を年次報告へ記録している。
本作の4K修復は、撮影監督・宮川一夫の長年の助手だった宮島正弘と、The Film Foundationを率いるマーティン・スコセッシが監修した。Cinericは、白黒画面をただ明るく鮮明にするのではなく、宮川が作った墨絵のような階調を再現することを目標にしたと説明している。宮島本人も、白黒は濃淡だけで朝夕や空気を表すため、色でごまかせない難しさがあると語った。
デジタル上映素材だけでなくフィルム保存用の複製も作った。The Film Foundationは、保存用のインターネガと光学サウンドネガ、上映用の35mmプリントとDCPを作成したと報告している。インターネガは将来の複製に使う中間ネガ、DCPはデジタル上映用パッケージであり、フィルムとデジタルの両方に出口を用意した。
本作の4K修復版は2017年9月5日、ベネチア国際映画祭で上映された。1955年にカンヌ映画祭へ出た本作が、62年後に修復版として別の国際映画祭へ戻ったことになる。その後、ニューヨーク映画祭や東京国際映画祭などでも上映され、修復が新しい流通経路を作った。
KADOKAWAの商品ページには「作品公開年:2017年」と表示されるが、本作を2017年の新作とみなすのは誤りである。同じページに「(c) KADOKAWA 1954」とあり、JFDBは劇場公開日を1954年11月23日と記録する。2017年は4K修復版がベネチア国際映画祭で上映され、Blu-rayが発売された年である。
香川京子の代表役として定着したおさんだが、香川は最初からその役に決まっていたわけではない。本人によれば、当初は南田洋子が演じたお玉役の予定だった。『山椒大夫』(1954)のベネチア国際映画祭から帰国した空港で、永田雅一からおさん役への変更を告げられた。