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2002年公開。フランク・W・アバグネイルの自伝をジェフ・ナサンソンが脚色し、『マイノリティ・リポート』直後のスティーヴン・スピルバーグが、暗いSFから一転する「息抜き」として監督した作品である。1960年代を再現するため既存の建物や街路を転々とし、100を超える時代設定のセット、閉鎖後のTWAフライトセンター、ケベックやモントリオールまで使う高速のロケ撮影となった。製作費5,200万ドルに対し、世界興収は約3億5,561万ドルを記録した。一方、映画が依拠したアバグネイルの武勇伝は公開後の公文書調査などで大幅な誇張が指摘され、どこまでが事実かという前提そのものが揺らいでいる。詐欺師の実話を映画化したはずが、最も巧妙な仕掛けは原作の「実話」という看板だったのかもしれない。
原作には映画向きの詐欺が次々と登場する一方、それだけを並べるとエピソード集になってしまう。脚本家ジェフ・ナサンソンは本人への三度目か四度目の取材で、父親への強い敬愛と両親の離婚について詳しく聞き、その場で映画の形が見えたという。完成版でフランクが金を稼ぐたび父のもとへ戻り、クリスマスになるとカールへ電話する構成は、この取材から生まれた。
参考情報:公式資料
スティーヴン・スピルバーグは16歳半の夏、スーツとネクタイを着けてブリーフケースを持ち、若手重役のような姿でユニバーサル撮影所の門を通った。約三か月通ううちに編集者からフィルム編集を教わる機会も得たという。両親の離婚後に家を離れた時期と重なるため、彼は「制服を着れば周囲が信じる」というフランクの手口だけでなく、失った家庭を取り戻そうとする感情にも自分を重ねた。
参考情報:公式資料
実在のフランクを追った捜査官は一人ではなく、映画のカール・ハンラティは複数の人物をまとめて作られた。プロデューサー陣は、病院、航空会社、法廷と舞台が次々変わる逸話を一本につなぐには、同じ捜査官が追い続ける構造が必要だと考えた。そこへ「実父を離れた少年が別の父親を見つける」という感情線を重ねたため、カールは単なる敵ではなく、フランクの才能と幼さの両方を見抜く人物になった。
参考情報:公式資料
レオナルド・ディカプリオが本人との面会で重視したのは、犯罪歴の再現ではなく、相手を落ち着かせ会話へ引き込む力だった。実在人物の外見や話し方をそのまま模写せず、最初の操縦席や病院では知識不足がにじむようにしながら、質問や誘いで相手の注意を別方向へ動かす。完璧な詐欺師ではなく、失敗を重ねながら演技を覚える少年として見せる設計である。
参考情報:公式資料
レオナルド・ディカプリオは撮影時27歳で、演じるフランクは16歳から始まる。ヤヌス・カミンスキーは若い時期の顔を正面寄りの柔らかな光で平らに見せ、物語後半では方向性のある光と陰影を増やした。毎日約22のセットアップに加えて移動撮影もあるため、細かな美容照明へ時間をかけるのではなく、作品全体の光の変化として年齢差を作った。
参考情報:映画専門誌(米)
レストランでフランクの父が、別れた妻ポーラについて話す場面の接写中、クリストファー・ウォーケンは突然目に涙をため、声を震わせた。スティーヴン・スピルバーグとプロデューサーのウォルター・F・パークスは、どこから出た反応なのか驚いたという。その即興的な感情が残されたことで、父の虚勢の下にある喪失が初めて露出する場面になった。
参考情報:公式資料
母ポーラには若いフランス女性としての背景があるため、スティーヴン・スピルバーグはフランス人女優の起用を譲らなかった。当時パリに住んでいたブライアン・デ・パルマへ脚本を送り、複数の候補者をテスト撮影してもらう。その中にいたナタリー・バイは、スピルバーグがフランソワ・トリュフォー監督作『映画に愛をこめて アメリカの夜』で以前から注目していた俳優だった。
参考情報:公式資料
デブラ・ゼイン率いる配役チームは、ブレンダ役を数か月にわたって探した。エイミー・アダムスのテスト映像を見たスピルバーグは手応えを感じ、同日レオナルド・ディカプリオへ八、九人分の映像を見せたところ、彼はアダムスの箇所で巻き戻しを求めたという。フランクの大きな嘘と対照になる、飾りのない誠実さと抑えきれない情熱を同時に出せたことが配役の核になった。
参考情報:公式資料
スティーヴン・スピルバーグはテレビドラマ『エイリアス』を見て、毎週異なる身分へ変わるジェニファー・ガーナーを次のスターになると感じた。主演ドラマの拘束があるため大きな役は難しかったが、ホテルでフランクを逆に出し抜くシェリル・アン役を直接提示した。ガーナーの参加は一日だけで、短い登場ながら「詐欺師が交渉で負ける」場面を完成させた。
参考情報:公式資料
撮影日数は公式制作資料で56日、撮影専門誌で53日と数え方に差がある。それでも約2か月で180を超える場面を撮り、140を超えるセットを使った規模は共通している。ロサンゼル、ニューヨーク、モントリオール、ケベック・シティーを移動し、一日に三か所で撮影する日もあった。ディカプリオは、毎日新しい場所へ移る劇団のような速度が現場の活力を保ったと振り返っている。
参考情報:映画専門誌(米)
空港の象徴的なロビーには、JFK空港の旧TWAフライトセンターが使われた。エーロ・サーリネンが設計し1962年に開業した建物で、撮影時には閉鎖されていたため大規模なロケが可能だった。翼を広げた鳥のような曲線と長い通路は、1960年代に航空旅行が未来そのものだった感覚を、後世の模倣ではなく当時の建築として画面へ持ち込んでいる。
参考情報:公式資料
各国を巡るように見えるが、ロケ地は役柄を何度も変えている。カリフォルニアの旧オンタリオ空港は客室乗務員を連れたフランクが現れるマイアミ空港となり、モントリオールの廃刑務所はフランスの牢獄へ変わった。逮捕地モントリシャールはケベック・シティーの広場、FBI事務所はダウニーに残っていた旧ボーイング工場で撮られている。
参考情報:公式資料
ウォルドルフ=アストリア前の撮影では、普段のパーク・アベニューを流れる車を止め、代わりに1960年代の自動車とタクシーを並べた。通行人の服装や沿道の見え方も約40年前へ戻す必要があり、美術部は必要な物を短時間で集める別働隊のように動いた。スピルバーグが「ゲリラ作戦」と呼んだのは、実在する大通りを営業中の都市ごと着替えさせたからである。
参考情報:公式資料
プロダクション・デザイナーのジーニー・オッペウォールと衣装デザイナーのメアリー・ゾフレスは、1960年代らしい色を飾りとして使うだけでなく、フランクの変化へ結びつけた。普通の少年だった序盤は淡く単色的で、詐欺の腕が上がるほど橙、黄、赤、桃色が画面へ増える。逮捕後にFBIの一員として官僚組織へなじむ段階では、環境も服も再び抑えた色へ戻る。
参考情報:公式資料
メアリー・ゾフレスは最初、レオナルド・ディカプリオの衣装はパイロット制服が中心になると思っていた。ところが脚本を読み直すと、フランクには約100回の衣装替えがある。高校生の地味な服から操縦士、医師、弁護士、婚約者らしい装いまで、人物が別世界へ入るたびに服が通行証になるため、衣装は外見の装飾ではなく詐欺の仕組みそのものとして設計された。
参考情報:公式資料
トム・ハンクスのスーツは何着も用意されたが、観客にはほとんど同じ一着に見えるよう仕立てられた。肩の形、ボタン、輪郭を揃え、布地だけを紺、少し明るい紺、茶へ変え、シャツと細い斜め縞のネクタイも同じ型で通した。服を替えるたび新しい身分を得るフランクと、FBIという制度の制服から出ないカールの違いが、衣装替えの多さと少なさで対になっている。
参考情報:公式資料
客室乗務員の衣装には、端正で保守的な型だけでなく、鮮やかな色や大胆な形のものも登場する。メアリー・ゾフレスは、それらを想像で派手にしたのではなく、航空会社ごとの実在制服を広く調べてモデルにした。飛行機に乗ること自体が特別で、各社が制服へ未来性と華やかさを託した時代だからこそ、フランクは服を手に入れただけで社会的な注目まで借りられた。
参考情報:公式資料
スピルバーグの現場は一台のカメラを中心に組み立てられ、複数台で同時に細かな素材を集める方式とは異なっていた。横へ動いた後に前進し、さらに270度向きを変えるような移動もあり、カメラが場面の意味をその場で組み直す。ヤヌス・カミンスキーは一つの角度だけを完璧に照らすことを諦め、動きの全体が成立する光を素早く選んだ。
参考情報:映画専門誌(米)
五階建てのアパート外観を移動しながら、食事、口論、抱擁など別々の生活を窓越しに見せ、最後に小切手を偽造するフランクへ寄るショットがある。撮影には60フィートクレーンとウェスカムXRリモートヘッドを使用したが、監督が望む直角的な移動とクレーンの円弧は一致しにくかった。照明班は15〜20の窓を蛍光灯、卓上灯、テレビの光などで別々に作り、限られた人数で全室を同期させた。
参考情報:映画専門誌(米)
ヤヌス・カミンスキーとスピルバーグは、1930年代に建てられた壮大な銀行を「現代の教会」と考えた。ブルックリンのロケ地には五十年以上洗われていない巨大窓があり、五台のMuscoライトを外へ並べて聖堂のような光を入れた。フランクが偽造小切手を窓口へ差し出す接写では、格子と紙へ青い逆光を追加し、信用を与える建築と犯罪者を囲う線を重ねている。
参考情報:映画専門誌(米)
狭い旅客機内ではカメラ位置が限られ、窓から入る光源を十分遠くへ置くことも難しい。照明班はセットの左右に各44基、計88基の16-light Fayを端から端まで並べ、均一な柔らかい外光を作った。硬い日差しには調光可能な三台のDinoを使い、スケートボード状の台車軌道で機体の横を移動させる。論理上は複数の太陽になるが、画面では飛行に合わせて日差しが這うように見える。
参考情報:映画専門誌(米)
ヤヌス・カミンスキーは1960年代の場面を、注いだシャンパンを光へかざしたような温かさで撮った。物語が70年代へ入ると、低コントラストフィルターとフォグフィルターを使い、普段は平たすぎるとして避けていたコダックVision 320T 5277も採用する。青みを帯びたパステル調へ変えることで、華やかな変身を楽しんでいた時代から、逃走後の官僚的な現実へ移ったことを画質で伝えた。
参考情報:映画専門誌(米)
タイトルを手がけたオリヴィエ・クンツェルとフロランス・デガは、主人公が小切手を加工する手口と同じ精神で作ろうと考えた。人物をカッターで彫ったスタンプにし、紙の上で一こまずつ動かす。数時間で作った最初のスタンプを作り直さず、その粗さを残したまま、コンピューター上のミリ単位で整えた背景へ組み込んだ。手作業の偽物とデジタルの精度が一つの画面で共存している。
参考情報:公開資料
スタジオではなく二人の作家に任せた理由。スピルバーグは大きな制作会社による均質なタイトルではなく、二人のアトリエで作家の手が見えるものを求めた。マーケティングテストや広告会社の介入もなく、1960年代のタイトルデザイナーが個人名で作品へ署名した時代に近い自由が与えられた。
参考情報:公開資料
ジョン・ウィリアムズは、過去のスピルバーグ作品で用いた大編成の広い主題とは異なり、サクソフォン、ヴィブラフォン、ベースを核にした細かなジャズの語法を選んだ。発想源は50〜60年代のヘンリー・マンシーニで、ウィリアムズ自身も若い頃に『ピーター・ガン』や『ティファニーで朝食を』の録音へピアニストとして参加していた。華やかな追跡と、その裏にある孤独を同じ時代の音で行き来している。
参考情報:インタビュー
メインタイトルから追跡場面へ受け継がれるアルト・サクソフォンの独奏は、ダン・ヒギンズが演奏した。ヴィブラフォンとベースを加えた小編成が、フランクの身軽さ、カールの接近、父を思う寂しさを別々の表情で支える。ジョン・ウィリアムズはこの素材を映画だけで終わらせず、「Closing In」「Reflections」「Joy Ride」の三楽章から成る演奏会用組曲『エスカペイズ』へまとめた。
参考情報:公開資料
既成曲の中でも、フランク・シナトラの「カム・フライ・ウィズ・ミー」はスピルバーグが特に好んだ曲だった。空を飛ぶことが階級上昇や国際的な生活への入口に見えた時代を、題名と歌声だけで伝えられる。さらに「イパネマの娘」「ルック・オブ・ラヴ」「クリスマス・ソング」などを配し、空港やホテルの華やかさから、クリスマスに電話するフランクの孤独までを当時の音で結んだ。
参考情報:公式資料
フランスのモントリシャールで、ディカプリオ演じるフランクへ手錠をかける警官の一人は実在のフランク・アバグネイルである。本人は当初映画へ深く関与していなかったが、スピルバーグとの面会後にこの小役を提示された。若い自分を演じる俳優を、年を重ねた本人が法の側から拘束する形になり、映画が作った虚構とモデル本人が同じ場面で交差した。
参考情報:公式資料
公文書、収監記録、当時の新聞記事、実際の被害者への取材を重ねた後年の調査では、フランク・アバグネイルが十代の数年間を世界各地で逃げ続けたという経歴の多くが記録と両立しない。1978年の時点でも新聞記者が航空会社や関係機関へ照会し、巨額の小切手被害やいくつかの大胆な手口を否定する回答を得ていた。本人は原作執筆者と映画による脚色を指摘する一方、2021年の取材には調査本を読む価値がないとして詳細な反証を示さなかった。
参考情報:公開資料
本人の説明では、家出後のフランクは父と再会しないまま、父は彼の収監中に亡くなった。映画で医師、弁護士への変身をつなぐ婚約者ブレンダも実在しない。脚本家ジェフ・ナサンソンは、点在する詐欺の逸話を一本の映画へまとめるため、父との再会を反復し、恋人とその家庭を「戻りたい普通の生活」として作った。史実との距離が最も大きい部分が、完成版では感情の中心になっている。
参考情報:公開資料(英)
「スピルバーグは助演を頼むのをためらったが、トム・ハンクスは良い役なら大きさは関係ないと応じたという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。ハンクスは役の大きさより脚本の良さを優先したをめぐる確かな制作資料が見つかるまで、結論は保留にする。
フランクとカールが毎年クリスマスに電話する関係は、追跡劇を父子の物語へ変える映画独自の仕掛けと考えられる。実在のフランクはそのような電話をしていないと説明したとされ、完成版では史実よりも二人の孤独を結ぶ反復が優先された。
映画冒頭のゲーム番組には、1977年に本人が出演した実在番組がある。その回ではパネリストが誰も本物を当てられなかったという情報が残るが、公開用には当該回の全編映像で最終投票を確認する必要がある。
「本人は当初、ディカプリオでは洗練され過ぎて若い自分に見えないと考えたという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。本人はディカプリオが洗練され過ぎていると思ったに関しては、確定情報ではなく検証途中の話として置く。
映画では父も小さなごまかしを楽しむ人物だが、本人は実際の父を非常に正直な人だったと説明している。一方、若いフランクが父のカードを使って商品を買い、現金へ換えたという話があり、父子の「詐欺師らしさ」は映画と実人生で逆転している可能性がある。
「教室の黒板に、両者の4度目の共同作業を示す文が紛れているという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。黒板にスピルバーグとハンクスの「4作目」を説明する制作側の確認が取れるまで、可能性の段階に留めたい。
「原作刊行直後の映画化でダスティン・ホフマンが主演候補だったという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。1981年にダスティン・ホフマン主演案があったをめぐる確かな制作資料が見つかるまで、結論は保留にする。
「街路を清潔で光沢のある画面にするため、外景では道路を散水したという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。道路は毎回濡らして撮ったについての裏付けがそろうまでは、情報不足・要確認として扱う。
約100回の衣装替えがあるフランクだけでなく、130人規模の端役と3000〜4000人のエキストラを衣装部が扱ったという記録もある。140を超えるセットを巡る制作規模とは合うが、人数を示した衣装担当者の原取材が確認できていない。
「スピルバーグが初期にフランク役としてジョニー・デップを望んだという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。ジョニー・デップ主演案をめぐる確かな制作資料が見つかるまで、結論は保留にする。
ディカプリオが先に主演へ入り、監督候補のリストを求められた後、ドリームワークスから脚本を受け取ったスピルバーグが自ら関心を示した。複数の著名監督や俳優がそれ以前の候補に挙がったとされるが、企画段階ごとの交渉状況は資料によって揺れている。
「小道具の偽卒業証書には、物語当時の学部長たちの実際の署名が再現されたという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。ハーバード大学の偽卒業証書に本物の署名に関する手がかりは残るが、現段階で断定はできない。
「実在校で作った1960年代の装飾を、再撮影に備えて約6か月残したという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。学校の時代セットを半年残したに関する手がかりは残るが、現段階で断定はできない。
「銀色のアストンマーティンDB5は車両会社が個人顧客から借りた車だったという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。『ゴールドフィンガー』型DB5を個人客から借りたに関する手がかりは残るが、現段階で断定はできない。
「映画公開後の原作再版は、映画の結末と合わせるため元の最終章を外したという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。原作再版から最終章が削られたに関する手がかりは残るが、現段階で断定はできない。
「終盤の母の家は『花嫁のパパ』で使われた住宅と同じだという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。母の家は『花嫁のパパ』と同じについての裏付けがそろうまでは、情報不足・要確認として扱う。
「学校のフレミング先生の姓は、ジェームズ・ボンド原作者イアン・フレミングへの参照だという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。フレミング先生はジェームズ・ボンドへの目配せを説明する制作側の確認が取れるまで、可能性の段階に留めたい。
「劇場へ送るフィルム缶には内容を隠すため「The Doctor」と記されたという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。配給プリントのコード名は「The Doctor」に関しては、確定情報ではなく検証途中の話として置く。
オリジナル版でフランス人の母からフランス語を習ったと話す台詞は、フランス語吹替ではそのままでは意味が成立しないため、スペイン語へ置き換えられたという。吹替台本か音声を確認できれば、翻訳が人物設定を調整した具体例になる。
家を出る前のフランクは、手元の瓶からラベルを剥がしている。その後、紙の表面を削り、別の情報へ作り替える手口を覚えるため、何気ない手遊びが偽造の才能を先取りする演出として読める。
原作刊行後に映画化権を得たプロデューサーのハル・バートレットが亡くれた後、権利は遺産管理側からディズニーへ渡り、さらにドリームワークスへ移った。完成まで二十年以上を要した企画であり、契約年を確定するには各社の取引記録が必要である。
「画面に映る小切手の一枚は13,161.28ドルだという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。偽造小切手の額は13,161.28ドルについての裏付けがそろうまでは、情報不足・要確認として扱う。
「劇中の偽身分証には3月13日生まれとあり、実在人物の4月27日とは異なるという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。偽造身分証の誕生日は本人と違うを説明する制作側の確認が取れるまで、可能性の段階に留めたい。
父が開く聖書は、ダビデがサウルから逃れ、敵地へ身を寄せる「サムエル記上」27章だという。逃亡と偽装を重ねる息子の物語に重なるが、ページ位置の判読と美術側の意図は確認されていない。
カールが偽名の出所へ気づく手掛かりは、ホテルの部屋に残されたフラッシュのコミックである。バリー・アレンはフラッシュの本名であり、フランクが身分を大人の書類ではなく少年の読書から借りたことを示している。
「スピルバーグの息子マックスが、終盤の機内でフランクの後方に映るという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。監督の息子が飛行機内にいるを説明する制作側の確認が取れるまで、可能性の段階に留めたい。
「スピルバーグはエイミー・アダムスへ、飢えた人がハンバーガーへかぶりつくようにキスするよう指示したという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。キスを「空腹の人がハンバーガーを食べるように」と演出したをめぐる確かな制作資料が見つかるまで、結論は保留にする。
映画ではフランスの印刷所を警官が包囲するが、実際には買い物中に気づかれたことが逮捕の端緒だったという説明がある。後年の経歴検証では逃亡期間そのものにも疑義が出ており、逮捕の細部は当時の公文書で確定する必要がある。
「採用面接で呼ばれる候補者の姓は、演じた女優本人の姓だという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。客室乗務員候補に女優本人の姓を使ったをめぐる確かな制作資料が見つかるまで、結論は保留にする。
「フラッシュの手掛かりに気づく場面でカールが眼鏡を外す動作は、眼鏡を外して正体を見せるスーパーマンの反転だという」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。カールが眼鏡を外すのはスーパーマン型の反転についての裏付けがそろうまでは、情報不足・要確認として扱う。