主な参考資料
- AFI
- Turner Classic Movies
- Sony Pictures
- The Academy
- YouTube
- American Cinematographer
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ロイ・チャンスラーの小説『The Ballad of Cat Ballou』(1956)の映画化は、当初トニー・カーティスとバート・ランカスターの企画として始まり、権利と製作体制が移るなかで1962年にコロンビアへ渡ったが、プロデューサーのハロルド・ヘクトは残った。原作はシリアスな西部劇だったのに、脚本改稿の途中で喜劇へ方向転換し、フランク・ピアソンは撮影初期にも脚本を書き直していたとAFIが当時の業界紙を引いている。長編映画初監督のエリオット・シルヴァースタインには二役を担うリー・マーヴィンへ集客を託す圧力があり、マーヴィンは出演料を下げてまで役を望んだと回想資料に残る。コロラド州キャノンシティでは冬の雪を避ける短期ロケを行い、撮影はカリフォルニアのスタジオへ戻って続行、ジェーン・フォンダは長時間労働と「カメラが壊れない限り二度目のテイクはほぼない」現場を回想した。映画はリー・マーヴィンにアカデミー主演男優賞をもたらし、当時の米加配給会社レンタル収入はVarietyの後年集計で930万ドルとされるが、コロンビアはドライブイン上映で笑い声を補うための「笑い声トラック」まで試そうとしていた――観客の反応も、どうやら上映設備の一部として勘定されかけたのである。
『キャット・バルー』の映画化は、完成版より約9年早く動いていた。AFIが収める1956年の業界紙には、トニー・カーティスとバート・ランカスターを主演にする企画として登場する。その後、権利と製作体制が移り、ジェーン・フォンダとリー・マーヴィンの作品になった。
原作の復讐劇を喜劇に転換。原作は復讐を軸にしたシリアスな西部劇で、脚本開発の途中で笑いへ舵を切った。
「11人目の脚本家だった」とピアソンは振り返る。彼によれば、シリアスな映画化が続けて行き詰まるなか、前任のウォルター・ニューマンが喜劇という突破口を示した。ピアソンはその路線を引き継いで完成稿を整えた。
テレビ契約の脚本家が映画へ。本人によると、所属していたテレビ部門Screen Gemsの契約を抱えたままコロンビアの映画部門へ回され、テレビ契約の報酬で本作の最終改稿を引き受けたという。
マーヴィンの二役に、大スターを求める圧力もあった。監督シルヴァースタインが思い出したのは、『乱暴者』(1953)でバイクから降りるマーヴィンの、よろけるような身振りだったという。かつての短い演技が、酔いどれガンマンへつながった。
リー・マーヴィンの二役には、カーク・ダグラスへの打診もあった。ダグラスは後年、演じたかったが代理人に「出番が少ない」と止められたと回想している。役を得たマーヴィンは、この作品でアカデミー主演男優賞を受けた。
フォンダが訴えた連日の残業。フォンダは連日の残業に疲れ、マーヴィンから「スタッフのためにも声を上げよう」と促されたと自伝で振り返る。完成作の軽さとは対照的な現場の話だ。
酔ったキッドと一緒に壁にもたれる馬の名はスモーキー。馬術専門誌によると、調教師クラレンス・V・ジョーンズは砂糖を使い、前脚を交差させる姿勢を繰り返し教えた。画面では一瞬の笑いだが、馬にも演技が求められていた。
物語を歌でつなぐナット・キング・コールは、撮影中もタホ湖の舞台に立ち、映画の現場と往復していた。彼は公開前の1965年2月に亡くなり、本作が最後の映画出演になった。病状を本人がいつ知ったかは資料からは断定できない。
酔いどれキッドの登場は、監督にも賭けだった。シルヴァースタインは、マーヴィンの芝居がテイクを重ねるほど大きくなり不安になったが、製作者ヘクトに彼を信じるよう言われたと振り返る。映画の名物となる人物像は、その場で引き戻されなかった。
宣伝担当ジェリー・ピックマンによれば、ニューヨークの試写で笑いが届かず、スタジオは作品の売り出し方に困っていた。引き継いだ彼は、原作から続いていた長い題名を『Cat Ballou』へ縮めたという。
大都市より大学街を先に選んだ。宣伝担当ピックマンは大学街を含む地方都市で先に上映し、若い観客の口コミを広げようとした。AFIにも初期の地域別公開記録が残る。
宣伝では主演俳優の名前だけに頼らなかった。担当したピックマンは、フォンダとマーヴィンの名を広告で控えめにし、「酔った馬」を映画の象徴に選んだと振り返る。作品の笑いをひと目で伝える作戦だった。
本編が始まる前から、西部劇のパロディーは始まっている。コロンビア映画のトーチを掲げた女神が、アニメーションのカウガールへ姿を変え、銃を撃つ。スタジオの看板まで映画の調子に合わせた。
「アン=マーグレットが『キャット・バルー』を断った」とだけ書くと、本人が選んだように聞こえる。TCMが引用する彼女の自伝では、出演の話を代理人が知らせないまま断り、本人は何年も後で知ったという。断った主体が違う。
権利元ソニーの作品紹介には、マーヴィンが「助演男優賞」を受けたとある。しかしアカデミー賞の公式記録では、本作で受賞したのは主演男優賞。公式ページでも、賞の部門を取り違えることがある。
【ネタバレあり】『時計じかけのオレンジ』(1971)の空想場面には、『キャット・バルー』終盤の絞首台を思わせる一瞬がある。「本作の映像を流用した」とする資料がある一方、撮影監督の専門誌はキューブリックがその場面を再現して撮ったと説明する。似ていることは確認できても、同じフィルムを使ったかどうかは確定できない。
キャット・バルーを配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。