主な参考資料
- Motion Picture Association
- Los Angeles Times
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2013年公開(資料によっては2012年製作と表記)の本作は、ブライアン・タッカーの脚本が2008年の「The Black List」で29票を集めながら未製作のまま巡回していた企画を、プロデューサー兼主演のマーク・ウォールバーグらが独立資金で映画化したものである。ウォールバーグとアレン・ヒューズは、スタジオによる細かな介入を避けるため先に独立製作で撮影し、その後に20世紀フォックスとの配給契約を結んだと語っている。ヒューズにとっては双子の弟アルバートとの共同名義を離れた初の単独長編監督作で、資源の限られた慌ただしい現場では、通常なら撮影に常駐しない脚本家タッカーまで最後まで参加させた。撮影監督ベン・セレシンは試験段階のARRI Alexa Studioを使い、自然光とアナモフィックレンズで現代的なノワールを狙ったものの、直前にカメラ側のソフトウェアが間に合わず球面レンズへ変更し、ニューヨーク外景以外の大半も費用を抑えるためニューオーリンズなどルイジアナ州で撮影した。製作費は3,500万ドル、世界興収は集計元によって約3,474万〜3,711万ドルで、少なくとも劇場興収だけを見れば余裕のある商売ではなかった。スタジオの口出しを避けて守った暗い犯罪映画は、最後には配給と興行という、ハリウッドで最も逃げにくい二人の門番に捕まったのである。
ブライアン・タッカーの脚本は、2008年のThe Black Listで29票を集めた。このリストは未製作脚本への業界関係者の支持を集計したもので、本作はニューヨーク市長選に巻き込まれる私立探偵の物語として紹介されている。単なる受賞歴ではなく、映画化前の脚本が業界で注目された記録である。
ブライアン・タッカーは、父親と最初のブルックリン撮影を見学するだけの予定だった。ところがアレン・ヒューズは、慌ただしい現場と限られた資源の中で脚本面を見守る協力者が必要だと判断し、タッカーを撮影の最後まで残した。監督自身が、脚本家の全期間帯同は非常に珍しいと説明している。
本作は、アレン・ヒューズが双子の兄アルバートと共同監督した長編5作の後、初めて単独で監督した長編映画だった。本人は、年齢を重ねるにつれて自分が単独で何をできるか示したくなったと説明している。兄弟の不仲による決裂と単純化せず、創作上の方向を分ける試みとして語っている。
アレン・ヒューズは一人で撮影を指揮すること自体は楽しんだという。兄の不在を最も強く感じたのは完成後で、Foxの多人数の関係者と編集や判断を話し合うスタジオ協議の場だった。二人なら片方が話し、もう片方が部屋の反応を読めたが、単独ではその両方を一人で処理する必要があった。
アレン・ヒューズは2008年のThe Black Listで脚本を見つけた段階から、ビリー役にマーク・ウォールバーグを思い描いた。2010年に声をかけられたウォールバーグは、主演だけでなく製作にも参加した。完成後の配役を美化した説明ではなく、企画を動かす段階から俳優とプロデューサーの役割が結び付いていた。
ラッセル・クロウはホステトラー市長を、特定の実在政治家の物まねとして作らなかった。過去50年にわたるニューヨーク市の政治家や行政関係者について、学校、出身地、人脈の作り方を調べたという。その結果を、庶民的なクイーンズと富裕なウォール街を併せ持つ人物像へまとめた。
警察委員を演じたジェフリー・ライトは、警察署での研修や捜査実務の取材をあえて行わなかった。本作を警察の手続きを再現する作品ではなく、ニューヨークを背景にしたノワールとして捉えたためである。役作りを省いたのではなく、映画が必要とする現実性の種類を選んだ判断だった。
物語の舞台はニューヨークだが、撮影の中心はルイジアナだった。FilmLAの記録では、ニューヨーク撮影は2011年11月2〜26日、ルイジアナ撮影は11月27日から2012年1月26日までで、後者が主要撮影地とされている。撮影監督ベン・セレシンも、予算上の理由で大半をニューオーリンズ周辺へ移したと説明している。
アレン・ヒューズと美術監督トム・ダフィールドは、ニューヨークを描いた映画や写真を並べ、現地でしか撮れない景観と代用できる場面を先に仕分けた。実景と代替ロケを場当たり的につないだのではない。二つの都市を一つに見せるための設計を準備段階で作っていた。
市長の場面に使われた夜のペントハウスは、パレス・ホテルで撮影され、劇中ではフォーシーズンズとして扱われた。画面にはエンパイア・ステート・ビルとクライスラー・ビルが同時に入る。ニューオーリンズの室内へ移っても舞台をニューヨークだと感じさせる、場所の目印として選ばれた構図だった。
本作には、ARRIが試作段階で供給したAlexa Studioが使われた。撮影監督ベン・セレシンによれば、映画の製作現場へ出た2台目で、1台目は『007 スカイフォール』(2012)のロジャー・ディーキンスに渡っていた。セレシン自身にとっても、長編を全編デジタルで撮る初の作品だった。
ベン・セレシンは、デジタルカメラと現場の自然光を使ったアナモフィック撮影を計画していた。ところが撮影直前に必要なソフトウェアが未完成と分かり、Panavisionの球面レンズへ切り替えた。完成画面の古典的な雰囲気は、当初計画どおりの機材で得られたものではない。
マーク・ウォールバーグが人物と会う屋上場面では、撮影の途中から霧が流れ込んだ。街の照明が霧へ反射し、予定していなかった光の層が生まれたため、撮影班はそのまま場面の雰囲気へ取り込んだ。自然光を優先して素早く撮る方針が、偶然を完成画面に残した例である。
本作はノワール調だが、ベン・セレシンは1940〜50年代の古典的フィルム・ノワールを直接の参考にはしなかった。代わりに、ダンテ・スピノッティが撮影した『インサイダー』(1999)のような現代のノワール的作品を手掛かりにした。古い様式の再現ではなく、デジタル撮影で現代都市の不安を作ろうとした。
市長夫妻が別々の鏡を見ながら話し、夫が妻へネックレスを着ける場面は、一つの移動ショットで撮影された。アレン・ヒューズは、ラッセル・クロウとキャサリン・ゼタ=ジョーンズが二人で芝居を組み立てたため、細かく割らずに見守ったという。監督が本作で最も大切にしている場面の一つでもある。
酔ったビリーが街を歩く場面は、脚本では歩くという短い指定しかなかった。マーク・ウォールバーグは路上で酒を買い、瓶を割り、通行人とのやり取りを即興で広げたが、撮影許可を取り消されかけるほどの問題になった。
FilmLA、同時代のLos Angeles Times、The Numbersは製作費を3,500万ドルとしている。The Numbersの集計では北米興収19,701,164ドル、海外17,413,813ドル、世界合計37,114,977ドルだった。興収が製作費をわずかに上回っても、宣伝費や劇場側の取り分を含む利益を意味するわけではない。
【ネタバレあり】2013年の米国Blu-rayには、合計約8分35秒の削除場面6本と別エンディングが収録されている。ただし、物語の結末を反転させる全面的な別版ではない。収録内容を確認した複数レビューは、バリー・ペッパー演じるジャック・ヴァリアントの場面が少し増える程度の違いだと説明している。
IMDbには、製作者でもあるマーク・ウォールバーグがビリー役をマイケル・ファスベンダーへオファーし、断られたため自分で演じたという説がある。しかし同時代のアレン・ヒューズ取材と公式プロダクションノートは、ヒューズが脚本を読んだ当初からウォールバーグを想定し、直接声をかけたと説明している。ファスベンダーへのオファーを示す正式発表や当事者証言は確認できない。
主人公Billy Taggartの名は、『ビバリーヒルズ・コップ』(1984)シリーズのBilly RosewoodとJohn Taggartを合成したものだという説がある。確かに名前の要素は一致するが、それだけでは引用の証明にならない。制作陣の資料を再検索しても、命名意図を説明した証言は確認できなかった。