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1985年公開。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作の第1作である。企画は当初、各スタジオから何度も断られ、ようやく撮影へ入った後には主演のエリック・ストルツが降板し、すでに撮った場面の大半をマイケル・J・フォックスで撮り直す事態となった。しかもフォックスはテレビドラマの撮影と掛け持ちで、昼はスタジオ、夜は映画という人間離れした日程をこなしていた。約1,900万ドルの製作費に対し、再上映分を含む世界興収は約3億9,300万ドルに達したとされる。軽快な青春映画の裏で、制作陣は時間旅行より先に締切との戦いを経験していたわけである。
マーティ役は当初エリック・ストルツで撮影されていたが、途中でマイケル・J・フォックスへ交代した。完成版の軽さとテンポは、この大きな決断で決まったと言える。
マイケル・J・フォックスはテレビドラマの撮影と並行して、夜に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を撮る過酷なスケジュールをこなした。眠気まで笑いに変えるような現場だった。
タイムマシンは初期案では冷蔵庫だったとされる。子どもが真似して危険なことや、移動する画の面白さを考え、車のタイムマシンへ変わった。
企画時には、スタジオ側からもっと別の題名にする案が出たとされる。最終的にバック・トゥ・ザ・フューチャーという矛盾したような題名が残り、映画の顔になった。
ボブ・ゲイルが父親の卒業アルバムを見て、もし同級生だったら友だちになったかと考えたことが物語の着想につながったとされる。タイムトラベルSFの出発点が、かなり身近な疑問なのだ。
マーティが演奏するジョニー・B.グッドは、1955年の観客に未来の音楽をぶつける場面だ。音楽ネタでタイムパラドックスを軽く笑わせる、かなりうまい仕掛けになっている。
序盤で渡される時計台保存チラシは、後半でマーティが1985年へ戻るための重要情報になる。何気ない小道具が、クライマックスの設計図になっているのだ。
マーティ役やドク役をめぐる候補話は多いが、O・J・シンプソンが本作の主人公候補だったという話は主要な制作史では確認しにくい。別作品のキャスティング逸話と混ざった可能性がある。
マイケル・J・フォックスは最初からマーティ役の第一候補だったが、テレビドラマFamily Tiesの都合で一度は起用できなかった。遠回りして、結局いちばん欲しかった俳優に戻ったのだ。
タイムマシンは当初、車ではなく冷蔵庫として考えられた時期がある。子どもが真似して中に入る危険を考え、スピルバーグが止めたとされる。
デロリアンのガルウィングドアは、1950年代の農家から見ればUFOのように見えるという狙いにも合っていた。あの車選びは、見た目のかっこよさだけではない。
製作側にはフォード・マスタングを使う案も持ち込まれたが、ボブ・ゲイルはドクはマスタングに乗らないという趣旨で断った。車のキャラ性まで、かなり強く守られていたという話だ。
序盤のTwin Pines Mallは、1955年でマーティが松を1本倒したあと、終盤ではLone Pine Mallに変わっている。時間改変が看板ひとつで分かる、だいぶ気持ちいい画面内小ネタだ。
タイムトラベルに必要な時速88マイルは、覚えやすくスピードメーター上で見栄えがする数字として選ばれた。設定の説得力より、映画的な気持ちよさが勝っている。
ラストの飛行するデロリアンには、実写素材やアニメーションに加えて1/5スケールの模型も使われた。未来へ飛ぶ一瞬の画に、けっこう昔ながらの特撮技術が詰まっている。
エリック・ストルツ降板をめぐって、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』には完成に近い全編がどこかに残っているという期待がある。ただし公開されているのは断片的な映像や証言に限られ、観られる一本の完成版として扱う根拠は弱い。