主な参考資料
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2023年公開。本作は、ウェス・アンダーソンとロマン・コッポラがジェイソン・シュワルツマンを中心に据える発想から組み立てた、劇中の舞台を中心に据える脚本である。制作班は当初ローマのチネチッタ撮影所で屋外セットを組む案を進めたが、空港の飛行経路が問題となり、最終的にマドリード近郊チンチョンで町と風景そのものを建てる方針へ切り替えた。用地は137の農地にまたがり、遠景の山々は強制遠近法で作った巨大模型だった。撮影監督ロバート・ヨーマンはアニメーションの絵コンテを地図代わりにし、砂漠場面には映画照明を使わず、建物へ天窓を設けて自然光を取り込んだ。俳優の都合で撮り直した町の導入ショットには雷雨後の地面のずれが残ったが、ポストプロダクションで複数の素材をつないだ。公開前には一度R指定を受けたが異議申し立てでPG-13に覆し、6館公開から最大1,901館へ拡大して全世界興収約5,395万ドルとなったのだから、その無機質な整然さはCGの癖ではなく、土地交渉、天窓、雨上がりの地面まで管理しなければ成立しない、たいへん手作業の宇宙である。
ウェス・アンダーソンとロマン・コッポラが本作を考え始めた時、最初から決まっていたのは異星人でも砂漠の町でもなく、ジェイソン・シュワルツマンを中心に置くことだった。二人は、舞台を作る人々と、その舞台の中で西部へ取り残される人々という二重の世界を広げ、シュワルツマンに俳優ジョーンズ・ホールと戦場写真家オーギーの二役を与えた。
本作のアニマティックは、絵コンテへ仮の動き、台詞、音を付けて完成画面を先に確かめる設計映像である。編集者バーニー・ピリングによれば、ウェス・アンダーソンはロックダウン中に時間をかけ、エド・バーシュの映像へアレクサンドル・デスプラが自宅で作ったデモ音楽まで組み込んだ。撮影が始まる前から、カメラ移動だけでなく曲調や楽器の方向まで試せる状態だった。
本作の企画自体は新型コロナウイルス流行前に始まっていたが、執筆とアニマティック制作はロックダウンの時期と重なった。ウェス・アンダーソンは、異星人を目撃した人々が町から出られなくなる設定へ、自分たちが経験した隔離が影響したと認めている。現実の出来事をそのまま再現したのではなく、既にあった物語の閉鎖状況を強めたのである。
オーギーが子供たちへ母親の死を伝えられない設定は、ジェイソン・シュワルツマンの家族史と偶然重なった。シュワルツマンの父と叔父も、子供の頃に母親が亡くなったことを知らされないままカリフォルニアへ移されていたのである。ウェス・アンダーソンはその実話を知らずに脚本を書いており、シュワルツマンは一致を役へ入る手掛かりとして受け止めた。
制作班は当初、ローマのチネチッタ撮影所へ町を建てる準備を進めた。だが撮影所が空港の飛行経路にあり、屋外撮影の音と画面を安定させにくいため、ウェス・アンダーソンはマドリード近郊のチンチョンを提案した。平らな土地、撮影班の確保、俳優全員が暮らせるホテルを一度に満たす場所へ計画を移している。
画面では一枚の広い砂漠に見えるセット用地は、実際には137区画の農地にまたがっていた。制作班は地主や借り手と交渉し、スイカやカボチャなど区画ごとに異なる収穫と作付けの時期を調整して、一シーズンだけ土地をまとめた。その上から赤い砂を敷き、道路、モーテル、食堂、ガソリンスタンドまで建てた。
遠くの山はCG背景ではなく、巨大模型を置く距離で大きく見せた。美術班は大きな模型を現地へ置き、実物より遠く巨大に見える位置を探す強制遠近法を使った。模型を近づけすぎれば小ささが分かり、遠ざけすぎれば余計に大きく作る必要があるため、カメラからの距離と模型の寸法を撮影テストで決めた。
美術監督アダム・ストックハウゼンは、ダイナーの外開き窓を『ナイアガラ』(1953)、舞台セットのような架空の町を『ねえ!キスしてよ』(1964)、人が集まって町の景色を変える構図を『地獄の英雄』(1951)、自動車旅行者向けの宿泊施設を『或る夜の出来事』(1934)から研究した。一作品を再現せず、用途ごとに別の映画から設計の手掛かりを集めている。
ウェス・アンダーソンは本作のアニマティックで全人物の仮の声を自分で演じ、台詞の間とカメラ移動を先に示した。撮影監督ロバート・D・ヨーマンと美術監督アダム・ストックハウゼンは、その設計映像に合わせて町の建物を配置し、現地で距離を測った。完成した町にカメラを合わせたのではなく、予定した画面が撮れる町を建てたのである。
ウェス・アンダーソンは砂漠側の場面で映画用照明を使わず、太陽を画面の一部として撮る方針を選んだ。ロバート・D・ヨーマンは室内へ柔らかな光を入れる天窓を建物に組み、屋外では大きな白い反射板をスタッフがカメラと一緒に動かして、俳優の顔へ下から光を返した。自然光だけに任せたのではなく、自然光が使えるセットと作業方法を設計した。
本作は劇中の町を横長のアナモルフィックレンズによるカラー映像で撮り、テレビ番組と劇場人の世界をモノクロフィルムで撮った。後者にはロンドンから舞台照明デザイナーを招き、上部の格子へ硬い光を置いたため、色を抜いただけでなく光の質も異なる。観客が複数の物語層を見失わないよう、撮影方式そのものを案内表示にした。
一続きに見える導入は、数週間離れた五つの移動撮影だった。俳優の予定とコロナ対策で全員を同時に集められず、制作班は数週間離れた五つの移動撮影へ分けた。その間の雷雨で地面の印や空の状態が変わったため、編集部は速度、位置、空を調整し、一続きのカメラ移動へ合成した。
オーギーが子供たちへ母親の死を知らせる場面には、ジェイソン・シュワルツマンがもっと感情を表へ出したテイクもあった。編集者バーニー・ピリングは、その演技だけなら強く心を動かされたが、子供たちの反応と重ねると場面全体が過剰になると判断した。完成版は感情を弱くしたのではなく、誰の悲しみをどの強さで見せるかの均衡を選んでいる。
ビル・マーレイはモーテルの支配人役で出演する予定だったが、撮影四日前にアイルランドでCOVID-19へ感染した。ウェス・アンダーソンは多数の俳優の日程を組んだ本作を延期できず、スティーヴ・カレルへ急きょ役を依頼した。カレルが引き受けたことで本編の撮影は進み、マーレイの役だけが置き換わった。
ビル・マーレイは回復後にスペインへ来たが、ウェス・アンダーソンは完成間近の本編へ新人物を無理に足さなかった。代わりに本編撮影が終わった翌日、セットを壊す前の短時間で、マーレイが「映画から削られた俳優」を演じる昔風の宣伝短編をジェイソン・シュワルツマンと撮った。Focus Features公式短編で完成映像を確認できる。
公式短編 本編に入らなかったビル・マーレイの公式短編 撮影終了後、セット解体前の短時間で撮られた昔風の宣伝短編を確認できる。 Focus Features YouTubeで見る ↗マヤ・ホークは当初の撮影を終えてもスペインの現場に残りたいとウェス・アンダーソンへ伝えた。アンダーソンがホークの役を別の背景場面へ書き足したため、ホークは撮影終了を三度告げられ、そのたびに呼び戻された。追加執筆は役を大きく見せる契約変更ではなく、俳優が共同生活の現場へ残ることから生まれた。
ウェス・アンダーソンはミッジ・キャンベルを、映画スターでありながら舞台演技を学び続けたマリリン・モンローから考え、『荒馬と女』(1961)が西部とニューヨークを結ぶ感触も参照した。スカーレット・ヨハンソンはそこへ、ベティ・デイヴィスの声と、自分が見られていることを意識して姿を作る態度を加えた。一人の実在女優の伝記的再現ではなく、異なるスター像を組み合わせた役である。
衣装デザイナーのミレーナ・カノネロは、1950年代の布を収集家から探し、残っていない場合は似た布を作り、織物作家に独自の柄を手描きさせた。劇作家コンラッド・アープの西部画柄の上着も複数の資料を組み合わせた新作である。完成版ではモノクロにしか映らない衣装でも、色と柄を省略せず作っている。
劇中の不揃いなカウボーイ楽団は、その場で演奏した。ジャーヴィス・コッカー、バンジョー奏者ジャン=イヴ・ロザック、セウ・ジョルジ、ギターを覚えたルパート・フレンドらがカメラ前で実際に演奏した。「Dear Alien (Who Art in Heaven)」(2023)も、この不揃いな編成と少年少女の歌が同じ場に集まる曲として作られた。
米国の審査は本作を短い全裸描写のため一度R指定とした。ウェス・アンダーソンとFocus Features製作部門社長キスカ・ヒッグスが異議申し立てで作品を説明し、審査委員会は三分の二以上の賛成で元の判断を覆した。その結果、映像を削ったという発表はなく、同じ描写を含む本作がPG-13で公開された。
本作は2023年カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選ばれた後、米国では六館の限定公開から始まり、最大1,901館へ拡大した。The Numbersの現行集計では、北米興収2,814万6,899ドル、世界興収5,395万3,790ドルである。製作費は信頼できる一次資料で確定できないため、興収だけから採算を断定することはできない。
マイケル・セラは本作の小さな役に決まっていたが、撮影開始が当初の予定から後ろへずれ、第一子の誕生予定日と重なった。セラはウェス・アンダーソンへ事情を伝えて出演を見送り、二人の初仕事は次の『ザ・フェニキアン・スキーム』(2025)まで持ち越された。セラが本作で演じる予定だった役は、本人取材でも明かされていない。
ビル・マーレイが本作に出なかった理由を、同時期に報じられた別件への処分と結び付けることはできない。ウェス・アンダーソンは、マーレイが撮影四日前にCOVID-19へ感染し、多数の俳優の日程を待たせられなかったためスティーヴ・カレルへ変更したと説明している。回復後のマーレイを現場へ迎え、二人で公式短編まで撮っており、確認できる制作証言は病気と日程だけを理由としている。
「ジェイソン・シュワルツマンはオーギーの声と外見をスタンリー・キューブリック本人から作った」とするIMDb投稿がある。シュワルツマンは、ウェス・アンダーソンが準備中にエリア・カザンとキューブリックを参照として挙げ、自分も偶然二人の本を読んでいたとは話している。しかし、その証言だけでは声、ひげ、眼鏡をキューブリックの直接の模写とまでは確定できない。