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2010年公開。メアリー・ノートンの児童文学を、宮﨑駿の企画・脚本と丹羽圭子の脚本で映画化し、ジブリの原画マンだった米林宏昌が長編監督としてデビューした作品である。鈴木敏夫によれば、企画は当初から若手に任せる方針だったものの人選は難航し、宮﨑から監督を問われた勢いで、社内で「麻呂」と呼ばれていた米林の名を挙げたのが抜擢の発端だった。舞台を英国から日本へ移すことは企画段階で決められ、米林は身近な日用品を小人の生活道具へ変える画面作りを進める一方、鈴木は「静かで、ひっそり、質素に」を制作の合言葉とし、音楽編成まで小さく抑えた。興行収入は92.5億円に達して2010年の邦画第1位となり、若手への監督交代は商業面でも明確な結果を残した。新人登用とはいえ、企画と脚本は宮﨑、合言葉は鈴木、初号試写の後ろの席にも宮﨑という布陣であり、ジブリの世代交代は自由を与える前に、まず胃を鍛える方式だったようだ。
映画化の構想は、公開の約40年前までさかのぼる。宮崎駿と高畑勲は、スタジオジブリを設立するより前の1970年代から、メアリー・ノートンの『床下の小人たち』をアニメーション映画にしたいと考えていた。長く実現しなかった構想が、若い監督を迎えた2010年にようやく一本の長編になったのである。
原作の小人たちは英国の家に住むが、映画では東京郊外の古い日本家屋へ移された。宮崎駿は、草に覆われた庭、そこに建つ古い家、一人で暮らす老女、心臓の手術を控えて療養に来る少年という状況を組み立てた。小人の生活だけを移植するのではなく、人間側にも期限の迫る事情を与えたことで、アリエッティと翔の出会いに別れの予感が加わった。
米林宏昌の監督起用は、鈴木敏夫の即興のひと言で動き出した。鈴木は宮崎駿へ米林の名前を挙げ、実際にはその場で思いついた人選を「2、3年前から考えていた」と伝えた。長く見定めていた候補だと思わせる説得が通り、作画の中心人物だった米林に初監督作が託された。
米林宏昌は監督を断るつもりだった。絵を描く仕事を続けたいという気持ちが強く、断ることも考えながら約二週間悩んだという。最終的には「一作だけ監督を務め、その後はアニメーターへ戻る」というつもりで引き受けたが、その一本が長編監督としての出発点になった。
初監督の米林宏昌は、絵コンテを宮崎駿に見せず完成させた。企画の初期には宮崎の意見を頼りにしていたが、絵コンテを描く段階で、判断を仰ぎ続ければ自分の映画にならないと考えたためである。物語、芝居、画面の流れを決める長編の設計図を、途中で宮崎に確認させず最後まで仕上げた。
最初の題名は『小さなアリエッティ』だった。鈴木敏夫は、主人公の体の大きさよりも、人間の家から必要な物を少しずつ借りて暮らす生活を前面に出す題名を提案した。そこで『借りぐらしのアリエッティ』へ変更され、映画の中心にある生活様式が作品名だけで伝わる形になった。
アリエッティと翔の感情的な結びつきは、映画化で強く加えられた。原作にある小人の生活と人間への警戒を残しながら、映画は手術を控えた少年と、住み慣れた家を失おうとする少女が短い時間を共有する物語へ組み替えている。角砂糖のやり取りから最後の別れまでが、二人の変化をつなぐ一本の流れになった。
小人の家具は父親の手作りという設定。父ポッドが、人間の家から得た材料を小人の体に合わせて加工し、一つずつ手作りしたという設定で設計された。形や仕上げに既製品とは異なる不揃いさがあるため、居間や台所には一家が長年かけて生活を整えてきた時間が残っている。
翔が滞在する屋敷と庭には、一つのモデル地だけでは説明できない景色が混ざっている。建物には青森県平川市の盛美園を大きく参照し、周囲の自然には小金井市のはけの小路、武蔵野公園、野川などが取り入れられた。離れた土地の建築、草地、水辺を組み合わせることで、東京郊外にありそうで実在はしない一つの庭が作られた。
本作の絵の一部は、自動車工場の中に設けられた作画拠点で生まれた。22人の新人アニメーターと、彼らを教える経験豊富なスタッフが、愛知県豊田市のトヨタ自動車工場内で制作に参加したのである。東京のスタジオだけで完結させず、長編制作と新人育成を同時に進めるための別拠点だった。
庭の草や葉には、顔のように見える形がひそかに混ぜられている。人間には穏やかな庭でも、身長約10センチのアリエッティにとっては、植物の一本一本が壁や巨大な生き物のように迫る。その感覚を強めるため、背景の輪郭にも写実だけではない不穏さが加えられた。
小人の大きさはカットごとに微調整された。人間の部屋の広さ、物の重さ、登場人物同士の感情が伝わるよう、背景との比率やカメラ位置を場面ごとに微調整した。数学的に正しい縮尺を守り続けるより、小人がその場所をどう感じているかを画面で理解できることが優先された。
小人の世界では、水はさらさら流れるより大きな塊として動く。約10センチの体から見れば、一滴の水にも人間が普段意識しない表面張力と重さがあるためである。そこで小人が扱う水は、点滴の滴のように丸くまとまり、道具や体へまとわりつく物体として描かれた。
借りの舞台になる台所は、現実の住宅より広く感じられるよう作られた。住宅として正確な寸法を再現するより、床から作業台までの高さや、家具から家具へ移る距離を、小人にとっての難所として成立させるためである。ポッドとアリエッティの移動経路に合わせて、日常の台所が一晩の冒険空間へ組み替えられた。
クッキーを割る音は厚紙で作った。人間用の菓子を小人が壊すとき、どれほど大きく硬く聞こえるかを検討し、巨大なクッキーを作る案も考えられた。最終的には段ボールや厚紙を割る音を使い、菓子の乾いた質感と、小人にとっての重量感を一つの効果音にまとめた。
ポッドの鞄には借り暮らしの履歴が詰まっている。人間の家から得た素材を加工し、壊れれば直して使い続ける一家の暮らしが、留め具、道具の収め方、表面の傷みに表れている。父親が説明しなくても、鞄を背負った姿だけで長年の借りの経験が分かるよう設計された。
音楽を担当したセシル・コルベルは、仕事を求める企画書ではなく一枚のCDをスタジオへ送っていた。ジブリ作品への感謝を伝える贈り物で、封筒には自分の住所も書いていなかったという。音源を気に入ったスタジオ側が連絡先を探してメールを送り、フランスの音楽家が日本の長編アニメーションを担当する起点になった。
日本語の歌詞を送った翌日、すでに歌入りの試作曲が届いた。セシル・コルベルへ作曲を依頼した際、スタジオ側は日本語の詞を渡したが、彼女は約24時間で曲を付け、自分の声で日本語を歌ったデモ音源を返した。海外とのやり取りでありながら、主題歌の方向は一日ほどで具体的な音になった。
米林宏昌は、音楽の注文を短い詩にしてセシル・コルベルへ渡した。映像の秒数や楽器を細かく指定するのではなく、その場面でアリエッティが見ているもの、感じている気持ち、周囲の空気を言葉に置き換えたのである。コルベルはその詩を手掛かりに、ケルト音楽を基調とする旋律を各場面へ結びつけた。
アリエッティ役の志田未来は、主人公を「少しわがまま」に演じるよう求められた。小さく可憐な少女として声を整えるのではなく、両親へ反発し、自分の判断で人間へ近づく14歳の強さと未熟さを同時に出すためである。初めてのアニメーション声優だった志田のまっすぐな声が、その性格に重ねられた。
志田未来は、収録の途中で役をつかんだため、序盤の台詞を録り直した。声の収録は物語の順番に沿って進み、初めてアニメーションの声を演じた志田は、後半になるほどアリエッティの呼吸や感情を理解していった。その変化した声に完成版をそろえるため、初期に録った場面の一部へ戻ったのである。
神木隆之介は、翔の台詞を一日で録り終えた。過去のジブリ作品では二、三日かけた経験があったが、本作では感情を大きく出さない少年の声を一日に集中して収録したという。作品冒頭の回想ナレーションは、その日最初に録った一回目の演技が完成版に使われた。
翔の「滅びゆく種族」という冷たい言葉には、スピラーへの嫉妬が混ざっている。翔は同じ小人の少年がいると知り、アリエッティが自分の知らない場所へ去ってしまう可能性を感じる。神木隆之介はその感情を意識して演じたため、あの台詞は小人の未来を分析した説明ではなく、傷ついた少年が相手を傷つけ返す言葉になった。
母ホミリーの細長い姿には、『ポパイ』のオリーブ・オイルが重ねられている。長い手足、大きく変化する表情、心配事へ過敏に反応する芝居を、一目で分かるシルエットへまとめるための参照だった。父ポッドの低く安定した体つきと並ぶと、夫婦の性格の違いが輪郭だけでも伝わる。
貞子の穏やかな表情は、主題歌の言葉からも作られた。貞子は台詞で過去や考えを詳しく説明する人物ではないため、どのような心で屋敷と庭を見ているのかを表す手掛かりとして歌詞が使われたのである。小人の存在を否定せず、翔とアリエッティを静かに見守る人物像が、言葉から表情と姿勢へ移された。
狩りに慣れたスピラーは、アリエッティより年上に見えるが12歳である。14歳のアリエッティが家族に守られて床下で暮らしてきた一方、スピラーは野外で食べ物を確保し、負傷者を運ぶ技術も身につけている。二人の身のこなしの差は、年齢ではなく生活環境の違いから作られた。
アリエッティと翔の会話は、志田未来と神木隆之介が同じ場で演じた。本作の音声収録は一人ずつ進める場面も多かったが、二人の関係が動く会話では、相手の台詞をその場で聞いて反応できる方法が選ばれた。言葉を返す速さや沈黙の長さにも、別録りでは得にくい二人の呼吸が残った。
初号試写が終わると、宮崎駿は米林宏昌へ手を差し出した。米林は絵コンテを途中で見せず、自分の判断で長編を完成させていたため、この日が宮崎に映画全体を受け止めてもらう場になった。宮崎は「よくやった」と声をかけ、初監督として一本を仕上げた米林をねぎらった。
本作には、英国向けと米国向けの二種類の英語吹替がある。英国版ではシアーシャ・ローナン、米国版ではブリジット・メンドラーがアリエッティを演じ、翔も米国版ではショーンという名前になった。単に同じ吹替を配給地域で使い回さず、台本と出演者を別々に用意したため、英語圏でも異なる声の作品として公開された。
2011年の国内Blu-rayには、制作と原作を追う合計約108分の映像特典が入っている。ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン発売の同商品は、米林宏昌への約41分のインタビュー、宮崎駿への約24分のインタビュー、『ジブリ作品の源流を探る旅』約43分を収録した。完成映像だけでは分からない企画、監督作業、原作の背景をそれぞれ独立した長編特典で残している。
米林宏昌の初監督作は、2010年の邦画興行収入第1位になった。日本映画製作者連盟の年間統計では興行収入92.6億円を記録しており、同年公開の日本映画で最も高い数字である。長編監督の経験がなかったアニメーターの抜擢が、観客動員の規模でも大きな結果につながった。
公開記念展では、観客が小人の大きさになる巨大な家が実物セットで作られた。美術監督の種田陽平は、映画の背景を平面で紹介するのではなく、人が中を歩ける空間としてアリエッティの住まいを組み直した。セット内には説明板を極力置かず、映画の効果音と音楽を流し、来場者が自分の体で縮尺を感じる展示にした。
カードのスペード欠落は、不吉さを示す暗示だという見方がある。杯の図柄は画面で確かめられる可能性があるが、なぜ欠けているのかを説明する美術資料は見つかっていない。意図的な仕掛けなら面白いが、印刷や描写の省略だった可能性も残る。ソフトを持っている捜査員は、該当場面を一時停止し、この指摘が画面と一致するか確かめてほしい。
「終盤のタヌキは『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)からのカメオ」という話がある。タヌキの登場自体は画面確認できるが、同作からの固有カメオとする一次資料は未発見。 この説を支える一次資料は、まだ見つかっていない。
750万人を新人監督映画の歴代記録とする話がある。2010年の興行成績は追えるが、「新人監督作」という条件で比較した公式記録は確認できない。本当に歴代記録だったら見事だが、今のところは数値の伝え方に注意した方がよさそうだ。