主な参考資料
- Animation World Network
- Sony Pictures
- Los Angeles Times
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2009年の『天使と悪魔』は、原作小説としては『ダ・ヴィンチ・コード』より前の物語でありながら、映画では前作の続編として組み立て直された。バチカンおよびローマの教会内部で俳優を撮れなかったため、制作側は現地の写真資料、公開資料、部分セット、CGを組み合わせて空間を再構成し、ハリウッド・パークの駐車場20エーカーにはサン・ピエトロ広場のおよそ40%を実寸で建てた。VFXは当初約800ショットの見込みから1,157ショットを手がけ、完成版に残った917ショットでは、実景に見せるため床や柱まで置換する工程が用いられた。製作費約1億5,000万ドルに対し世界興収は約4億9,100万ドルで、バチカンを借りられなくても大作は止まらない――止まるのは、だいたい駐車場のほうである。
本作は、ロン・ハワードが初めて同じ主人公へ戻って監督した映画である。ハワードは新しい題材を選び続けてきたが、ロバート・ラングドンには別の映像表現を試せる余地があると判断した。そこで『ダ・ヴィンチ・コード』(2006)よりも速いテンポを採り、爆発までの時間が迫る物語として準備方法から変えた。
原作小説『天使と悪魔』(2000)は小説『ダ・ヴィンチ・コード』(2003)より先に発表されたが、本作は映画『ダ・ヴィンチ・コード』(2006)の後日譚へ組み替えられた。ロン・ハワードはダン・ブラウンの同意を得て、前作との関係を残しながら、原作より時間制限型のスリラーを強めた。
本作は2007年の全米脚本家組合ストライキで製作を延期した。配給会社は当時の脚本を高く評価しながらも、大規模撮影へ入れる完成稿には達していないと判断した。ストライキ中は必要な脚本作業を続けられず、予定していた撮影開始を取りやめた。
Sony Picturesは2007年初め、本作の一部をCERNで撮影する相談を研究所へ持ちかけた。CERNは反物質研究を一般へ伝える機会になると考えて協力し、研究者が制作側へ科学を説明して施設への立ち入りも助けた。2009年2月にはトム・ハンクス、アイェレット・ゾラー、ロン・ハワードがCERNを訪れ、完成前の映像を研究者へ披露した。
CERNの科学者ヴィットリアを演じたアイェレット・ゾラーは、粒子加速器の実験資料を読み、LHCを解説する映像を見て役を準備した。さらにトム・ハンクスからビル・ブライソンの科学書『人類が知っていることすべての短い歴史』(2003)を勧められ、台詞の背後にある科学を理解してから演じた。
ローマで一か月撮り、残りの都市をロサンゼルスに建てた。制作班は一か月にわたり、ポポロ広場、ナヴォーナ広場、サンタンジェロ城、サンタ・スザンナ教会の外観、市街地で実景を撮った。その後、俳優を入れて撮れない教会内部やバチカンの大空間をロサンゼルスのセットとVFXで補った。
パンテオン前で本作を撮っていた時、近くで結婚式を挙げる花嫁と父親が撮影機材に行く手を阻まれた。トム・ハンクスは二人を見つけると、照明、カメラ、ケーブルの間を通って会場へ着けるよう案内した。撮影を見物する群衆の中で起きた出来事で、ハンクスが式そのものへ参加したわけではない。
撮影監督サルヴァトーレ・トチノは、爆発までの期限が迫る感覚を画面の動きへ置き換えた。遠くの人物を狭い範囲へ引き寄せて見せる長焦点レンズを使い、Steadicam、スライダー、台車でカメラを止めずに移動させた。観光客の混雑も排除せず、主人公たちの進路を妨げる現実の障害として画面へ取り込んだ。
サンタンジェロ城の夜間撮影に使えたのは二晩で、一晩は橋と入口、もう一晩は内部に割り当てられた。照明班長ラファエル・E・サンチェスは、建物を部分ごとに照らすと時間が足りないため、建築全体へ届く大きな光を提案した。撮影監督サルヴァトーレ・トチノは、その方法で短い夜のうちに必要な画を確保した。
サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会の内部は、そのままの寸法では本作の複雑な動きとカメラクレーンを収められなかった。美術監督アラン・キャメロンは通路と身廊を実物より広くしたセットを建て、壁を外して機材を入れられるようにした。炎と煙は現場の効果へ追加合成を重ね、実在の教会を危険な撮影に使わずに済ませた。
ロサンゼルスに建てたサン・ピエトロ広場は実物の約3分の2だが、俳優が近くで演技するオベリスクだけは実寸で作られた。美術班は遠近法で縮尺の差を隠し、VFX班は広い画面に必要な列柱、像、群衆を足した。物理セットの寸法を一律に縮めず、カメラとの距離に応じて本物とCGを割り振っている。
本作のローマ建築に見える大理石の床には、高品質プリンターで模様を刷った紙が使われた。撮影には耐えられる素材だったが、普通の靴で歩けば表面が傷むため、セットへ入る全員に病院用のような青い靴カバーを着けさせた。画面では重量感のある石に見える床を、軽い材料と厳しい保護規則で維持していた。
本作はSony Picturesの八つの撮影ステージを使い、一つの場所を撮り終えるたび別の空間へ作り替えた。第30ステージの教会セットはサンタ・マリア・デル・ポポロ教会からサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会へ変わり、ハリウッド・パークのサン・ピエトロ広場はナヴォーナ広場へ装飾替えされた。限られた場所を、同時に存在しないセットとして順番に使ったのである。
システィーナ礼拝堂はSony Picturesの第27ステージへ実寸で建てられたが、有名な天井だけは作られていない。美術監督アラン・キャメロンは天井位置を照明の設置場所として空け、壁には「最後の審判」を含む約20点の絵を再現した。衣装の赤が埋もれないよう、壁画の色は実物より少し抑えている。
衣装デザイナーのダニエル・オーランディは、本作のために枢機卿の衣装だけで約200着を用意した。さらに司教、司祭、修道女、スイス衛兵、バチカン職員の服まで作り、市販品ではなくすべて手仕事で仕上げた。似た赤い衣装でも、宗教上の役割と人物ごとの差が分かるよう細部を変えている。
ユアン・マクレガーとステラン・スカルスガルドが向き合う緊迫した場面で、ロン・ハワードは二人の顔と肩越しの画を同時に撮れるよう複数のカメラを置いた。照明とカメラの配置は難しくなったが、俳優は相手の台詞ごとに撮影を止めず、その場の反応を保ったまま演じられた。
本作のVFXは当初、約800ショットを半年未満で仕上げる見込みだった。編集と並行して早くから仮合成を入れた結果、5社・班が実際に手がけたのは1,157ショットとなり、完成版には917ショットが残った。削除される可能性のある画にも先に作業し、編集段階から背景と実写のつながりを判断できるようにしたためである。
ローマ教区が本作へ撮影を認めなかったのは、サンタ・マリア・デル・ポポロ教会とサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会の内部である。制作班は二教会をセットとVFXで再現した一方、市内の広場、道路、サンタンジェロ城、別の教会外観では実景撮影を続けた。ローマやバチカン周辺の撮影がすべて禁じられたわけではない。
本作の製作費は約1億5,000万ドルとされる。世界興収は4億9,087万5,846ドルで、北米だけでなく海外市場が大きな割合を占めた。製作費には通常、宣伝・配給費を含まないため、興行収入から単純に差し引いて利益を算出することはできない。
公開前には「バチカンが本作のボイコットへ動く」という観測が報じられたが、教会全体による公式な全面ボイコットは確認できない。公開後のバチカン紙は歴史上の不正確さや商業性を批判しつつ、撮影や演出を評価し、教会を傷つけるほどの作品ではないという結論を示した。教会内部の撮影拒否と、完成映画への公式ボイコットは別の出来事である。
本作がローマやバチカンをすべて米国のセットとCGで作ったという説明は正確ではない。制作班はローマで一か月撮影し、広場、道路、サンタンジェロ城、パンテオン前などの実景を使った。教会内部やサン・ピエトロ広場のように俳優を撮れない場所、撮影の動きに実物の寸法が合わない場所を、ロサンゼルスのセットとVFXへ置き換えている。