主な参考資料
- TIME
- YouTube
- Vanity Fair
- Post Magazine
- AFI
- The Guardian
- Los Angeles Times
- The Academy
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2014年公開。企画はブラッドリー・クーパーの新会社22nd & Indianaが2012年に最初に立ち上げた作品で、スティーヴン・スピルバーグの監督参加と予算をめぐる離脱を経て、2013年にクリント・イーストウッドへ渡った。脚本家ジェイソン・ホールは、クリス・カイルの死の前日に初稿を提出しており、死後に妻タヤと200時間以上電話で話した結果、戦闘中心だった脚本を、戦場から家庭へ戻る代償を描く構成へ改めた。クーパーは当初自分を役に不向きと考えたが、35ポンドの筋肉を増やし、西テキサス訛りと銃器の知識を身につけて主演した。イラク場面はモロッコのラバトで12日間撮影してからカリフォルニアへ移り、現地の戦車を米軍のエイブラムス戦車らしく処理し、モロッコ人を米軍兵役に配したが、乳児役の一人が発熱、もう一人も来なかったため、急場では人形を抱くことになった。Box Office Mojoでは製作費5,880万ドル、オリジナル公開分の北米興収3億5,012万6,372ドル、海外興収1億9,750万ドル、世界興収5億4,762万6,372ドルであり、アカデミー賞は6部門候補・音響編集賞受賞となった。戦争の再現に戦車や軍事顧問まで揃えても、最後に現場を救ったのが人形だったあたり、映画製作の補給線はときどき妙な場所で切れるのである。
ブラッドリー・クーパーは、最初からクリス・カイルを演じるつもりで本作を企画したわけではない。自らの製作会社で映画化を進めながら、主人公にはクリス・プラットが合うと考え、自分は製作に専念するつもりだった。企画を成立させるために主演も引き受け、そこから体格、方言、銃器の扱いを一から作り込んでいった。
原作完成前から脚本家が本人を取材した。2010年に自らテキサスへ赴き、まだ本をまとめていたカイルへ映画化を説得した。執筆中も武器、任務、帰還後の生活について本人へ質問を重ねたため、脚本は出版済みの文章だけを材料にしていない。
ジェイソン・ホールが最初の脚本を提出したのは、クリス・カイルが殺害される前日だった。死後、ホールは妻タヤと200時間以上にわたって電話で話し、戦闘を中心にした初稿を、兵士が家庭へ戻るまでに何を失ったのかを描く物語へ改めた。本作が戦場と家庭を何度も往復するのは、実際の死を受けて脚本の中心そのものを変えた結果である。
スティーヴン・スピルバーグが監督を予定していた段階では、敵狙撃手ムスタファをクリス・カイルの鏡像として描く構想が強められた。追加された戦闘場面によって脚本は約160ページまで膨らみ、予定予算では監督の構想を実現できないとしてスピルバーグは離脱した。完成版にもムスタファとの対決は残ったが、物語の中心はカイルの家庭と帰還後の生活へ戻されている。
クリント・イーストウッドは、別の監督が本作を準備していると知っていたため、当初は企画から距離を置いていた。それでもクリス・カイルの回想録は読んでおこうと手に取り、監督を依頼する電話が来た時には、まず最後まで読ませてほしいと返した。前任者の離脱後に突然選ばれたのではなく、題材を読み進めた上で引き受けている。
ブラッドリー・クーパーは、普段より約35〜40ポンド、16〜18キロほど重いクリス・カイルの体格へ近づくため、約3か月かけて身体を作り変えた。1日約6000カロリーを摂りながら数か月にわたって毎日4時間前後トレーニングし、筋肉を細く見せるのではなく、重量挙げで肩や胴回りを大きくした。劇中の重量挙げでは、用意された軽い偽物ではなく実際の重りを使った場面もある。
ブラッドリー・クーパーにとって、クリス・カイルの西テキサス訛りは「外国語」を覚えるような作業だった。音声指導を受け、本人の映像を繰り返し研究し、いったん標準的な話し方へ戻すと声を作り直しにくいため、撮影日の終了まで訛りを保った。妻タヤ・カイルも、地域の特徴が混ざった夫の話し方を正確に捉えていると評価した。
本作以前のブラッドリー・クーパーは、映画用の空包を撃つための指導しか受けていなかった。そこで元SEAL隊員でクリス・カイルの同僚だったケヴィン・ラズらから、実弾を使って射撃姿勢、呼吸、銃の重量と反動を学んだ。照準器をのぞく場面では、形だけを真似るのではなく、発射後に何が起きるかを身体で知った状態で演じている。
クリス・カイルの同僚だった元SEAL隊員ケヴィン・ラズは、最初はブラッドリー・クーパーへ銃器や部隊行動を教える技術顧問として参加した。クーパーが本人に演じてもらう案を出し、オーディションを経てラズ自身の役に決まった。戦闘場面の脇にいる隊員の一人は、出来事を聞いて再現する俳優ではなく、その任務を経験した本人である。
クリス・カイルの死後、ブラッドリー・クーパーは遺族の許可を得て、まだ整理されていなかったホームビデオや衣服を調べた。公の場で話す姿だけでなく、家族と過ごす時の歩き方、姿勢、声の変化を役へ取り込み、撮影では本人が使っていた靴も履いた。外見を似せるための資料ではなく、家庭内のカイルを演じる手掛かりとして私的な記録を使っている。
シエナ・ミラーはタヤ・カイル役を作るため、本人とメールやSkypeで連絡を取り、ロサンゼルスでも時間を共にした。特に注意したのは、タヤが電話で会話を始める時の声の高さ、間、言葉の運び方だった。戦場と家庭を電話だけでつなぐ場面が多いため、外見を似せるより先に、受話器越しでも夫婦だと伝わる話し方を身につけた。
クリント・イーストウッドは、シエナ・ミラーが感情を爆発させる場面でも、長い説明や何度ものリハーサルを行わなかった。撮影直前に背中へ手を置き、その日に把握していたイラク戦争の死者数だけを耳元で告げたという。架空の家庭場面を演じる直前に、戦争で実際に失われた人数を伝え、タヤの恐怖と怒りを現実の重さへ結びつけた。
クリント・イーストウッドは同じ演技を何度も繰り返さず、場合によってはリハーサルで撮った映像をそのまま完成版へ使った。編集のジョエル・コックスとゲイリー・ローチにとっては選べる素材が少ない反面、俳優が最初に示した反応の新鮮さを残せる撮り方だった。緊張した場面の一回目に近い呼吸が、撮り直しで整えられず画面へ残っている。
イラクでの任務を描く外観場面は、モロッコのラバト周辺で約12日間だけ撮影された。暑さが厳しくなる前に現地撮影を終え、その後はカリフォルニアの市街地やセットへ移っている。完成版では同じ戦闘の途中でも撮影国が切り替わるため、短いモロッコロケで得た街路と光を、米国内で作った建物や屋上へつないでいる。
モロッコの戦車を米軍車両へ作り替えた。現地で使える戦車へ部品や外装を加え、画面上では米軍車両に見えるよう作り替えた。兵士役にもモロッコ人の出演者を起用して装備と動作を整え、限られた現地撮影の中で米軍部隊全体を組み立てている。
クリスが赤ん坊を抱く場面で使われたのは、本物の乳児ではなく人形である。撮影に来る予定だった乳児が発熱し、もう一人の代役も現れなかったため、その日の撮影を止めずに人形を使った。ブラッドリー・クーパーは親指で人形の腕を動かしながら演技を続けたが、軍事場面の現実感が高いだけに、この人形は公開後すぐ観客の目に留まった。
クリス・カイルが射撃場で殺害される場面は、俳優による再現撮影を行わなかった。物語はクリスが家を出る直前で止まり、その後は実際の葬列と追悼の映像へ切り替わる。事件の衝撃を見せ場にせず、家族が最後に見送った姿と、現実に集まった人々の記録を結末として残した。
実際の葬列映像には、エンニオ・モリコーネが『続・荒野の1ドル銀貨』(1965)のために作曲した「The Funeral」が使われている。しかし映像が終わって文字だけのエンドクレジットへ入ると、音楽も効果音も流れない。追悼を盛り上げる曲で締めず、観客が沈黙の中で現実の死を受け止める構成にした。
敵狙撃手ムスタファは実在人物を手掛かりにしているが、クリス・カイルの回想録には、二人が映画のように互いを追い続け、最後に長距離射撃で決着したとは書かれていない。脚本では複数の任務を一つの対決へまとめ、戦場側にも主人公と同じ技能を持つ人物を置いた。終盤の一騎打ちは、伝記上の出来事をそのまま再現した場面ではない。
戦場の出来事は時間と人物を組み替えた。複数の任務、負傷した仲間、敵側の情報を圧縮し、ブッチャーのような合成人物を置いて一続きの追跡劇へ組み直した。どの場面にも元になる証言はあるが、登場する順番、同席者、因果関係までが史実と同じとは限らない。
本作は四度の派遣、家庭生活、過去の記憶を行き来するため、撮影順の素材をつなぐだけでは物語にならなかった。編集のジョエル・コックスとゲイリー・ローチは、戦闘の緊張が帰宅後の沈黙へどう残るかを基準に場面を組み替えた。終盤の戦闘では第二班が撮った追加映像も取り込み、広い戦場と狙撃手の狭い視界を一つの流れへまとめている。
本作は作品賞、主演男優賞、脚色賞、編集賞、音響編集賞、録音賞の6部門でアカデミー賞候補になった。受賞したのは、アラン・ロバート・マレーとバブ・アスマンによる音響編集である。狙撃の発射音と遅れて届く着弾音、激しい戦場から帰宅後の静かな室内へ切り替わる音の落差が、物語を支える技術として評価された。
ブラッドリー・クーパーとジェイソン・ホールは、クリス・カイルの人生を最初から現代の西部劇として捉えていた。特に参照したのは、暴力に長けた男がその代償を背負う『許されざる者』(1992)である。ロデオから始まり、遠くの敵との一対一の対決を経て、家庭へ戻っても戦場から離れられない構成には、西部劇の英雄像を現代へ移す狙いがあった。
本作は2014年12月25日に少数の劇場で公開され、賞レースの資格を確保してから、2015年1月に全米規模へ拡大した。拡大公開の週末には当時の1月興行記録を更新し、北米のオリジナル公開分だけで約3億5013万ドル、世界では約5億4763万ドルに達した。2014年作品として紹介される一方、興行上の大半は翌年に記録されている。
公開後、本作には戦争や狙撃手を英雄視しているという批判が集まった。これに対してクリント・イーストウッドは、戦場の勝敗よりも、兵士が家庭へ持ち帰る損傷と家族が払う代償を描いた点で反戦的な映画だと説明した。戦闘を迫力ある映像で見せながら、帰宅したクリスが日常へ戻れない場面を繰り返す構成は、この二つの受け止め方を同時に生んだ。
最初の派遣でビッグルスが読んでいる漫画は、マーベルの『パニッシャー』である。その後、主人公たちの防具や車両には、同じ人物を象徴する白い髑髏が繰り返し現れる。これは映画だけの伏線ではなく、クリス・カイルの部隊が実際に使っていた印を画面へ取り込み、漫画本から装備へつなげたディテールである。
ブラッドリー・クーパーは身体を大きくするトレーニング中、クリス・カイルが好んでいたメタリカの曲を聴いていた。劇中の居住区にもメタリカのポスターがあり、砂嵐が迫る場面では「Enter Sandman」をもじった台詞が使われる。本人の音楽の好みを役作りに使い、そのまま背景美術と台詞にも残した。
モロッコとカリフォルニアをまたぐ本作の主要撮影は、2014年3月末から5月末までの約42日間で行われた。モロッコでは暑さが強まる前に戦場の外観を撮り、カリフォルニアへ移って市街戦、軍施設、家庭場面を続けている。短い日程を成立させるため、現地の車両や出演者を使う一方、イーストウッドは撮影回数も抑えた。
クリス・カイルは、生前に自分の物語を映画にするならクリント・イーストウッドに監督してほしいと語っていたという。妻タヤが、ロデオ経験のある夫と西部劇で知られるイーストウッドの組み合わせを歓迎した証言は残るが、カイル本人が「ほかの監督では駄目だ」と話した原典は確認できない。本人の発言媒体が特定できるまで、遺族周辺で伝わった話として扱う必要がある。
クリス・カイルの父ウェインは、息子の記憶を傷つける映画にしたら許さないと、クリント・イーストウッドとブラッドリー・クーパーへ警告したという話が広く伝わっている。二人とカイル家が面会し、家族の協力を得て制作したことは確認できるが、強い言葉をそのまま記録した父本人の取材原文は見つからない。面会の緊張を示す逸話ではあるものの、発言の正確な文面は未確定である。
教会に入る後ろ姿はイーストウッドか。顔は映らず、出演者としての公式クレジットも確認できないため、画面だけで本人と決めるのは難しそうだ。撮影記録か本人の証言が見つかれば、監督自身のカメオだったという話も面白くなる。
出発前のクリスがタヤへ下着を脱ぐよう冗談めかして言う台詞は、クリント・イーストウッドが撮影現場で提案したという。普段の家庭生活へ戻った主人公を短い会話で見せる場面だが、提案の経緯を確認できる完全な取材原文や撮影記録は見つからない。現場で加わった台詞として扱うには、ブラッドリー・クーパーかイーストウッドの元発言の特定が必要である。