主な参考資料
- The Guardian
- Los Angeles Times
- TheWrap
- Vanity Fair
- Animation World Network
- The Academy
画像は生成イメージです
2022年版は、レマルクの小説を初めてドイツ語で映画化した作品だ。エドワード・ベルガー監督は、ドイツ側の戦争の記憶と責任を制作の軸に据えた。共同脚本のベルガー、レスリー・パターソン、イアン・ストーケルは、原作に登場しないマティアス・エルツベルガーの休戦交渉を加え、前線で消耗する兵士たちと、戦争を終わらせようとする交渉の時間を並走させている。
チェコのミロヴィツェでは、数百メートルの塹壕を実際に掘り、戦場を造成した。チェコ映画委員会の美術監督取材では戦場をサッカー場約2面分、Netflixの制作記事では荒れ地を約3面分、塹壕を約250メートルと説明している。ベルガーと撮影監督ジェームズ・フレンドは、戦闘場面を細かく絵コンテにし、主に一台のカメラでポールの体験を追う設計を選んだ。
新型コロナ対策下でも撮影は遅延なく予定どおり終わった、と現地プロデューサーは語っている。一方で、予算上、戦車や爆発、エキストラを潤沢に使える現場ではなかった。撮る前にショットを決め、限られた戦場セットを段取りと編集で広く見せる。その綿密な準備も、泥の中の戦闘を支えていたのだ。
脚本家レスリー・パターソンとイアン・ストーケルは、この映画化を16年追い続けた。パターソンはトライアスロンの世界選手権で得た賞金まで映画化権の更新に回している。完成した映画だけでなく、企画を手放さなかった年月にも別の持久戦があった。
脚本家レスリー・パターソンとイアン・ストーケルは、最初に読める形まで仕上げた脚本を捨てている。パターソンによれば、戦争による裏切り、非人間化、喪失を軸に、もう一度書き直した。長い開発期間には、脚本そのものを練り直す時間もあった。
【ネタバレあり】マティアス・エルツベルガーの休戦交渉は、原作にない映画独自の筋である。脚本家パターソンはコンピエーニュの休戦車両を訪れた後、交渉を加えることで、前線の若者が背負わされる「裏切り」と戦後へのつながりを描けると考えた。歴史解説の挿入ではなく、脚色上の選択だった。
1930年に映画、1979年にテレビ映画になった原作だが、ベルガー版は初のドイツ語映画化である。脚本家パターソンは英語企画からドイツ語に切り替える提案を受け、敗戦国の歴史を内側から描く感覚が加わったと振り返る。古い映画をそのまま作り直したわけではない。
ベルガーが最初に見せられた候補写真は、フェリックス・カメラーだった。それでも監督はドイツ、オーストリア、スイスで大規模に候補を探し、何度もカメラーを呼び戻した。監督の回想では約500人を見た末に、最初に目に留まった俳優を選んだ。
ベルガーと撮影監督ジェームズ・フレンドは、戦闘場面のために約300ページの画面設計を作った。主に一台のカメラで撮り、ポールの体験に視点を絞っている。遠くから人物を小さく捉える画面も、彼の孤立を見せるために使った。
フランスの戦場として使われたのは、プラハ近郊の飛行場跡である。Netflixのメイキング紹介では、荒れ地はサッカー場約3面分、つながる塹壕は延長約250メートル。兵士、戦車、撮影班が同じ空間を通れるよう、美術班は約2か月かけて配置を設計した。
戦死者の上着が回収され、洗われ、繕われてポールの手に渡る。冒頭の軍服再利用は、原作にない映画独自の導入だ。美術監督クリスティアン・ゴルトベックは、戦争が人間を部品のように使い続ける様子を、軍服の移動だけで見せようとしたと説明している。
冒頭の軍服修繕場面のため、美術班は欧州各地から約80台のミシンを集めた。美術監督クリスティアン・ゴルトベックによれば、チェコ国内だけではそろわなかったという。並んで縫う手の動きが、兵士を次々に戦場へ送り出す流れを作っている。
ポール役の撮影には、約20着の軍服が用意された。衣装担当リジー・クリストルは、弾痕や血、泥の段階を変えて作り分け、場面ごとの傷みをそろえている。さらに戦場の群衆用には、約800~900着を整えた。
撮影前の訓練では、出演者がライフルや機関銃を扱い、走り、泥に倒れる動きを身につけた。軍服と武器を合わせた負担は約15キロ。濡れた服や靴で体が重くなる感覚も、兵士の動きそのものへ反映された。
美術監督クリスティアン・ゴルトベックのチームは、戦場の地表に22種類の土の配合を使った。もとの場所が芝生でもコンクリートでも、粒や色を試しながら荒れた地面へ作り直したという。場面をまたいでも同じ戦場に見える泥は、美術班が仕込んだものだった。
迫る戦車は、実物一台とCGの組み合わせで作られている。映像効果を担当したフランク・ペツォルトによれば、走行可能な一台を撮影し、霧の中から現れる戦車群はスキャン資料を使ったCGで補った。実車が塹壕を越える場面には、重さに耐える別の塹壕も用意している。
ポールとカットが農家から逃げる雪景は、昼に消えた雪を映像効果で補っている。フランク・ペツォルトによれば、早朝の美しい降雪が昼には消え、後半は足元にしか雪が残らなかった。そこで移動撮影の長いカットも含め、画面の雪を後からつないだ。
戦場で響く低い三音の音楽は、祖母の楽器から生まれた。作曲家フォルカー・ベルテルマンは、受け継いで修復したハルモニウムという足踏み式の鍵盤楽器で、この短い旋律を作った。ベルガーが求めたのは、兵士の体内で鳴るような、映像を甘く包まない音だった。
軍服を繕うミシンの音を、機関銃、さらにトラックの駆動音へつなぐ。音響監督フランク・クルーゼは、そんな流れを考えたという。音の変化をはっきり聞かせる試みは狙いどおりにはならなかったが、むしろ曖昧さがよかったと振り返っている。軍服を送り出す場所と、兵士を消耗させる戦場が、音でもつながる。
フランス軍の戦車が霧から姿を見せる前、兵士にはまず地面の震えや曖昧な金属音が届く。音響班は現場で収録した戦車音を土台に、鉄の軋みや杭打ち機の音などを重ね、戦車を「鉄の怪物」のように聞かせた。正確な当時のエンジン音の再現を目標にしたわけではない。
【ネタバレあり】ポールがフランス兵を殺してしまい、その死に向き合う塹壕の場面は、当初4分ほどの予定だった。リハーサルでは約11分となり、撮影に4日かかると言われても、ベルガーは短縮しなかった。恐怖と後悔を早回しにすれば原作の核心を損なう、と考えたからである。
【ネタバレあり】休戦の直前に起こる最後の突撃は、前の戦闘場面の音を繰り返していない。音響班は周囲の戦闘音を抑え、ポールの近くで起きる出来事と金属的な音楽に集中させた。戦いが止まる瞬間の静けさが、それまでの轟音と対照になるよう設計した。
第95回アカデミー賞では、国際長編映画賞に加え、撮影・美術・作曲の計4部門を受賞した。戦場の画面、土と塹壕の美術、三音の音楽は、それぞれ別の仕事として評価された。作品賞も候補だったが、受賞部門には含まれない。
主演フェリックス・カメラーは、身体を兵士役に慣らすため、10キロの重量ベストを着けて10キロ走った。本人が取材で語った頻度は週3回。走るための訓練用ベストを着け、撮影に入る前から身体を作っていた。
主演フェリックス・カメラーは、小道具のライフルを普段から手に取り、持ち方や動かし方を身体になじませたという。武器担当者との訓練も行い、戦闘場面に入る前から、兵士が武器を扱う動きを準備していた。
ポールの人物像を作るため、カメラーは第一次大戦や戦争全般に関する本など約15冊を読み、当時の写真約400枚を集めたと語っている。さらに、オーストリア出身の本人が北ドイツ出身のポールとして話すため、方言の指導も受けた。泥の中の演技は、こうした下調べの上に組み立てられた。
「2000年代初頭のドイツ語版企画では、ダニエル・ブリュールがポール役の候補だった」という話がある。2022年の完成作で彼が演じたのは、休戦交渉に臨むエルツベルガーだ。以前の企画でポール役に想定されたことを示す当時の配役発表や本人の証言までは見つかっていない。別の役で戦場に立つ案も、本当にあったのだろうか。
西部戦線異状なしを配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。