主な参考資料
- Directors Guild of America
- AFI
2001年公開。ブライアン・オールディスの短編を基にスタンリー・キューブリックが長年育て、スティーヴン・スピルバーグを監督候補として相談していた企画を、1999年の死後に妻クリスティアーヌと製作者ヤン・ハーランが正式に託した作品である。スピルバーグは残された約90ページのトリートメントや大量の美術資料を受け取り、自ら脚本・製作・監督を兼ねて、単なる代行ではなく死後の共同制作に近い形へ仕上げた。製作費は資料により9000万~1億ドル、再公開分を含む累計世界興収は約2億3593万ドル、北米興収は約7862万ドルで、巨額企画としては海外市場にかなり救われた格好である。公開後には感傷的な終盤をスピルバーグの改変とみる批判も出たが、本人は重要な終盤部こそキューブリックの構想に由来すると説明している。二人の巨匠が一本を分け合った結果、観客は作品を見るだけでなく「どちらの責任か」を判定する仕事まで背負わされたのである。
スタンリー・キューブリックはブライアン・オールディスの短編「スーパートイズ」を基に、約20年にわたり映画化を検討した。複数の作家や美術家と開発を重ねた末、自分よりスティーヴン・スピルバーグの感性に近いとして監督を打診した。完成作は「死後に預かった原案」ではなく、二人が存命中から往復させた長期共同開発の到達点である。
2000年後の終幕はスピルバーグが付け足した感傷的な結末と思われがちだが、イアン・ワトソンとスピルバーグはキューブリックの約95ページのトリートメント(物語の流れをまとめた脚本前の構成案)に主要な展開があったと証言している。未来の存在は宇宙人ではなく、人類滅亡後に進化した機械であるという説明もスピルバーグ本人が明言した。作家イメージだけで「ここからスピルバーグ」と切り分ける見方を覆す。
スピルバーグによれば、最初の約40分、テディ、最後の約20分はキューブリック側の構想に近く、フレッシュ・フェアなど中盤の暗い展開は自分が強く作った。一般に抱かれる「冷たいキューブリック」と「甘いスピルバーグ」という分け方が、実際の脚本分担とは一致しない。
スピルバーグはキューブリックと約19年交流したが、自分がロンドンへ行かず、キューブリックも飛行機に乗らなかったため、連絡の多くは電話だったと語った。その遠距離の関係から短編、題名、画稿、演出案が少しずつ共有され、監督打診へ発展した。同じ撮影所で密着した共同作業ではなく、長い通話と資料交換で一本の映画が形成された。
キューブリックは他人に読まれないようスピルバーグの寝室へFAXを置かせ、メモや絵を深夜まで送り続けたとスピルバーグが回想している。午前1時、3時、4時と着信音が鳴り、二晩後に妻ケイト・キャプショーが機械を投げ捨てたという。デジタル共有以前の共同開発が、家庭へ物理的に鳴り響くFAXで行われていた。
モニカがデイビッドへ愛情プログラムを刻むため読み上げる「サークラス、ソクラテス、パーティクル…」の語列は、キューブリックが用意した原案から受け継がれた。意味の連続しない単語を儀式のように並べ、母の選択を取消不能な命令へ変える。物語の核心となる愛が、温かな告白ではなく機械的なコードとして始まる逆説が際立つ。
フレッシュ・フェアへ出演するミニストリーはキューブリックが望んだバンドで、アル・ジュールゲンセンは最初の電話をいたずらと思って切ったとされる。無機質なメタル演奏がロボット破壊を見世物にする群衆の熱狂と結びついた。几帳面な巨匠が直接電話し、相手に信じてもらえないという可笑しな入口から残酷な場面が生まれた。
デイビッドを演じたハーレイ・ジョエル・オスメントは、機械らしさを出すため瞬きをしない案をスピルバーグへ提案した。監督はその発想を他のメカにも広げ、人間と同じ顔を持つ存在を目の動きで区別した。大掛かりな特殊効果ではなく、子役の身体制御がロボット表現の基準になった。
ハーレイ・ジョエル・オスメントは、顔、腕、手など画面に出る皮膚の産毛を撮影前に剃り、表面を人工素材のように見せた。瞬きを抑える演技と組み合わせ、CGで顔を作り替えずに「人間に近すぎる機械」の違和感を作っている。
フレッシュ・フェアへ集められる手足の欠けたメカの一部は、実際に四肢を失った出演者が演じた。身体をCGで丸ごと消すのではなく、義肢、特殊メイク、機械部品を組み合わせて破損した構造を作った。観客が感じる生々しさは、作り物の残酷さと実在する身体が同じ画面に重なることから生まれる。
スタン・ウィンストンのチームはテディを最難関のメカと位置づけ、約50の動作点を多数の操演者で制御した。怪物の大きな動きではなく、歩く、縫う、物を持つ、デイビッドへ反応するといった小さな芝居を毎ショット別の仕掛けで成立させた。ぬいぐるみらしい単純な外見ほど、感情を感じさせる裏側は複雑だった。
声優ジャック・エンジェルは録音ブースだけでなく撮影現場へ毎日参加し、その場の変更に応じてテディの台詞を録り直した。操演する人形と子役の反応を合わせるため、仮音声ではなく完成声に近い掛け合いを現場で作った。テディが単なる後処理の声ではなく、撮影時から共演者として扱われていた。
森でメカたちが部品を探す山には、スタン・ウィンストン・スタジオが過去に作った不採用造形や試作品も転用された。捨てられたデザインを、劇中でも捨てられた機械の身体へ変えることで、制作の残材が世界観の一部になった。背景の一片一片に「別の映画になれなかった造形」の履歴が埋まっている。
制作陣はルージュ・シティのデジタル模型を作り、スピルバーグが仮想空間内をカメラで歩くように画角を探せる仕組みを用いた。巨大セットを建てる前に建築、移動、レンズの関係を試す「バーチャルスタジオ」の早い実例となった。完成画面の奔放な移動は、現場で偶然見つけたのではなく、存在しない都市の中で先にロケハンしていた。
水没した未来のニューヨークは、『パーフェクト ストーム』で使われた大型水槽を再利用して撮影された。既存設備へ高層建築、氷、ミニチュア、デジタル合成を重ね、海面下の都市へ作り替えた。別作品の海難用施設が、二千年先の静止した水中世界へ用途を変えている。
沈んだマンハッタンの寒気を実物で出すため、暑い照明下へ一日約8トンの氷が運び込まれた。水、霧、反射をデジタルだけに任せず、俳優とセットを本物の氷で囲んで終幕の冷たい質感を作った。
ルージュ・シティにあった男性器を思わせる建築物は、レイティング上の懸念から完成版でデジタル修正されたという。街全体を性的消費の遊園地として設計した結果、背景のシルエットまで審査対象になった。VFXが派手な追加だけでなく、すでに撮った美術を目立たなくする用途にも使われた例である。
公開から三か月足らずで9.11同時多発テロが起きたが、遠未来のニューヨークに残る世界貿易センタービルは家庭用ソフトでも削除されなかった。英国版には不快に感じる可能性を知らせる注意書きが付いた一方、公開時の映像を歴史的記録として保持した。未来の廃墟として作った画面が、公開直後に別の現実的意味を帯びた。
ジョン・ウィリアムズが終幕用に書いたピアノ協奏曲が映像より長くなり、スピルバーグと編集のマイケル・カーンは音楽を切らず、映像側を組み直した。通常の尺へ劇伴を収めるのではなく、曲の呼吸に合わせてモニカとの一日と眠りの時間を延ばした。映画の最後の感情曲線が、編集室で音楽を基準に決まった。
宣伝では複数の架空サイト、電話番号、暗号を連動させ、観客が未来社会の事件を追う代替現実ゲームを展開した。映画に映らない人物のその後や世界設定まで発見できるようにし、ポスターのクレジットに隠した名前が入口になった。現在の大型作品のオンライン考察型宣伝を先取りした事例として重要である。
ジゴロ・ジョーには、肌の質感と顔の線を整え、人間より滑らかで商品的に見せる特殊メイクが施された。ロボットであることを露出した機械部品ではなく、完璧すぎる外見と一定の笑顔で表現する方針だった。デイビッドとは異なる「大人向け商品」の設計思想が顔だけで伝わる。
スピルバーグが長編映画の脚本クレジットを得たのは『ポルターガイスト』(1982)以来で、監督・製作・脚本を同時に担った稀な作品となった。キューブリックの資料とワトソンのトリートメント(物語の流れをまとめた脚本前の構成案)を、自分の演出用に他の脚本家へ渡さず自らまとめた。友人の遺した企画を引き受ける責任が、通常と異なる制作役割に表れている。
森の部品漁りには、警備員型をはじめ少なくとも12体の主要メカが個別に設計された。画面では短時間に壊される存在にも顔、用途、欠損方法を与え、ロボット社会の階層を背景だけで示した。