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1985年公開。イオン・プロダクション製作の007シリーズ第14作であり、ロジャー・ムーアがボンドを演じた7作目にして最後の作品である。撮影初期には、別作品の撮影後にパインウッド・スタジオの巨大な「007ステージ」が全焼し、地下鉱山のセットを組むため数か月で建て直すという、ボンド映画らしいのか単なる災難なのか判然としない事態に見舞われた。ジョン・グレン監督は、ムーア本人を含め関係者全員が本作を最後と認識していたと後年語っている。製作費約3,000万ドルに対し世界興収は約1億5,260万ドルと商業的には堅調だったが、シリーズは焼けた撮影所だけでなく、先延ばしにしてきた世代交代まで片づけることになった。
『美しき獲物たち』は、フレミングの短編をそのまま1980年代へ移した映画ではない。原題は短編集収録の「From a View to a Kill」から採られ、序盤にフランスを置くが、シリコンバレーを水没させる計画やゾリンは映画用に作られた。原作から残ったのは題名という発射台であり、そこから半導体を巡る当時の産業不安へ新しい物語を飛ばしたのである。
ゾリンの計画は、単に「巨大地震なら派手だから」と選ばれたのではない。脚本のマイケル・G・ウィルソンは、カリフォルニアの現代的な金鉱としてシリコンバレーのマイクロチップ産業に目を付けた。開発中の悪役名もZornからZorinへ調整され、ゴールドラッシュが半導体独占へ更新されたのである。邸宅の競売と地下鉱山が同じ物語に入るのも、古い富と新しい富を一本につなぐためと見えてくる。
世界各地を巡る完成版の速度は、一つの撮影班が順番に移動して作ったものではない。公式制作史では、フランス、サンフランシスコ、アイスランド、スイス、英国にまたがり、五つのユニットが動いた。雪上、都市追跡、スタジオ撮影を並列に進める体制によって、エッフェル塔から鉱山まで異なる種類の見せ場を同じ製作期間へ収めたのである。場所の多さ以上に、映画を同時に何本も作るような工程が規模を示している。
鉱山の巨大セットは、予定どおり空いていたステージへ建てられたのではない。1984年6月、パインウッドの007ステージが別作品の撮影中に焼失し、本作は各国ユニットの順番を入れ替えて時間を稼いだ。建物は約四か月で再建され、翌年1月7日にアルバート・R・ブロッコリ007ステージとして再開した。撮影所そのものの再建を製作工程へ組み込むことで、爆破と浸水のクライマックスを落とさず完成させたのである。
エッフェル塔からの落下は、高所から勢いよく走れば成立するスタントではなかった。塔をかわすには約20フィート外へ出る必要があり、マイケル・G・ウィルソンの計算では開傘まで約3.5秒しかない。班は風船を付けたダミーを22回落として軌道を読み、本番は一度で成功させた。自由落下を数字で設計した場面であり、優雅に開くパラシュートの前には、予備傘を使う時間さえない厳しい条件が隠れている。
パリのルノーが屋根と後部を順番に失う追跡は、偶然うまく壊れた一台を撮ったものではない。ジョン・グレンとフランスのスタント責任者レミー・ジュリアンは、言葉の違いを図で補い、車の状態を段階ごとに設計した。ジュリアンは障害を突き破る瞬間に身を伏せ、走行をつないだ。車体の欠損を編集の目盛りにした追跡なので、壊れるほど動きが読みやすく、笑いと危険が同時に強まっていく。
冒頭でボンドが壊れたスノーモービルの板を足に付ける場面は、既に有名な競技を小道具にしただけではない。公式資料では、スノーボードを大きく見せた初期の主要劇映画とされ、トム・シムズとスティーブ・リンクが滑走を担当した。名も形も定着途中のスポーツを脱出装置として紹介したのである。途中で流れる軽い音楽まで含め、未知の乗り方を観客が一目で理解できる喜劇的な見せ場になった。
サンフランシスコ市庁舎の火災は、行政に気付かれないよう遠景だけを盗み撮りした場面ではない。市長ダイアン・ファインスタインが撮影に協力し、班は実際の消防責任者と安全や車両を調整した。本物の市政が偽物の都市災害を支える形で、市庁舎から消防車の逃走へつなげたのである。歴史的建築を背景にした混乱が妙に大きく見えるのは、セットの代用ではなく都市の仕組みそのものを借りているからでもある。
消防車が街灯やパトカーを巻き込む追跡は、一晩で道路を封鎖してまとめ撮りしたものではない。公式制作史によれば、サンフランシスコ班は約三週間、夜間撮影を続けた。画面の数分へ都市の夜を二十日前後積み重ねたのである。昼の場面として編集された明るい混乱の背後には、交通、照明、車両の位置を毎晩組み直す工程があり、ボンドが梯子に取り残される単純な笑いにも都市規模の準備が使われている。
終盤の格闘は、俳優を本物のゴールデンゲート・ブリッジ頂部へ上げ続けて撮ったのではない。現地では限られた実景とスタント素材を押さえ、人物の動きはバックロットの二基とステージ内の一基、合計三つの橋セットへ分けた。一つの橋を用途別の三つの橋に分身させ、実景の高さと安全に演じられる足場を編集で接続したのである。切り返しのたびに、風景、全身、足元の担当場所が静かに入れ替わっている。
スタジオで演じた橋上の格闘に、本物らしい高さを足したのは絵だけではない。特殊視覚効果のジョン・リチャードソンは、三人乗りの小さな昇降機で実際の橋頂部へ上がり、雨で濡れたケーブルを歩いて下りながら背景素材を撮った。合成の背景を得る作業そのものが高所スタントだったのである。人物が安全なセットにいても、背後の道路や湾には撮影者が実際に立った高さと湿った空気が残っている。
ゾリンの飛行船は、同じ模型をカメラから遠ざけたり近づけたりして全景を撮ったのではない。特殊効果班は四つの大きさを作り、10フィート級から40フィート級までをクレーンで吊るす方式と、水素を入れて係留する方式へ分けた。一機の浮遊を四つの物理条件で演じることで、都市上空の遠景と橋へ絡む近景をつないだのである。ゆったりした動きほど、ワイヤーや縮尺を見破られないため大きな模型が必要になった。
画面の飛行船は、すべてパインウッドの模型と合成で作られた架空機ではない。実景のSkyship 500-002は1984年ロサンゼルス五輪期に飛び、富士フイルムの広告塗装を経て映画へ参加した。現実の宣伝機が悪役企業の空中司令室へ転職したのである。完成版では模型や都市合成へ引き継がれるが、低空を進む独特の重さには、全長約52メートルの実在機が本当に空を動いた時間が含まれている。
飛行船がサンフランシスコ上空を進む遠景は、巨大な一枚絵の前で模型を吊っただけではない。班は市街の写真を切り抜き、実際に撮った空やバックロット、飛行船模型を重ねて一つの広大な眺望にした。都市を写真の部品へ分解して再建したのである。静止した建物と変化する空を別層にしたため、荒唐無稽な飛行船が有名な地形の中へ入りながら、雲と光には実景の時間が残っている。
ティベット卿が運転するロールス・ロイスは、車両班が外から借りた背景用のクラシックカーではない。アルバート・R・ブロッコリ本人の愛車をパトリック・マクニーが運転し、採石場へ沈める段階では同型の複製を用意して実車を守った。製作者の私物へ破壊用の分身を与えたのである。優雅な送迎車が水底へ消える場面は、シリーズを支えた人物の趣味まで悪役に踏みにじらせる内輪の贅沢な冗談でもある。
鉱山でメイデイが火花に囲まれて叫ぶ瞬間は、恐怖を細かく演じ分けたテイクだけではない。公式制作解説によれば、グレース・ジョーンズには実際の火花が出ることが知らされておらず、画面の驚きと悲鳴はその場の反応だった。無敵の人物像へ本物の一瞬の動揺が混ざるのである。すぐに力を取り戻して作業を続けるため、意図せず生まれた恐怖がかえってメイデイの身体的な強さを際立たせている。
ボンドがティベット卿を召使い扱いし、二人が小さく言い争う場面は、脚本の説明台詞だけで固められていない。ロジャー・ムーアとパトリック・マクニーは長い付き合いを生かし、掛け合いの一部を現場で即興した。本物の親しさを偽物の主従関係へ反転したのである。スパイ活動の緊張よりも、荷造りや洗車への不満が先に立つ自然な間が、ティベットの死後に失われる温かさまで作っている。
本作がロジャー・ムーア最後の007になったのは、公開後の反応を見て決まったことではない。ジョン・グレンは現場でも最後になると皆が理解していたと語り、公式記録は1985年1月16日をムーアがボンドを演じた最後の日とする。七作品の時代が一つの撮影日で閉じたのである。完成版の軽い冗談や旧友との共演も、最終章と知りながら続けた仕事として見ると、単なる加齢の話とは異なる別れの調子を帯びる。
『美しき獲物たち』で終わったのは、ロジャー・ムーアの七作品だけではない。第1作からマネーペニーを演じてきたロイス・マクスウェルも、本作を最後に14作品続いた役を離れた。現場へ向かうボンドとオフィスで見送る人物が同時に交代したのである。短い執務室の場面を見直すと、いつもの軽口の背後で、シリーズ初期から保たれてきた最長級の連続性が静かに閉じていることが分かる。
デュラン・デュランの起用は、レコード会社が用意した候補表から順当に選ばれた結果ではない。ジョン・テイラーがパーティーでブロッコリに近づき、自分たちにボンド主題歌を作らせてほしいと直接持ちかけた。ジョン・バリーとの共同制作で完成した曲は、米Billboard Hot 100で首位に立った。ファンの直談判がシリーズ唯一の全米1位主題歌へ育ち、映画の世代交代より先に音楽で1980年代を強く刻んだのである。
メイデイの服は、グレース・ジョーンズが私服の延長で持ち込んだ奇抜さだけではない。映画全体の衣装を担うエマ・ポータスと、身体に沿う服で知られるアズディン・アライアが協力し、場面ごとの機能と彫刻的な輪郭を合わせた。衣装部と高級ファッションの共同設計によって、競馬場では上流社会へ溶け込み、塔や鉱山では一目で読める強いシルエットへ変わる。服がメイデイの立場の変化まで先回りしているのである。
ドルフ・ラングレンは、既にアクション俳優として売り込まれて本作へ呼ばれたのではない。当時交際していたグレース・ジョーンズの撮影に同行し、彼女の勧めからKGB護衛役を得た。本人によれば、これが初めて足を踏み入れた映画撮影現場だった。恋人の訪問が映画デビューへ変わる形で、ゴーゴル将軍の背後に短く立つ無名に近い人物が、その後の主演キャリアの入口になったのである。
ロジャー・ムーアは本作を自分のボンド映画で最も嫌い、年齢差と暴力性を理由にしたという話がある。だが、音声解説・後年記事で一貫するが、文言の転載を避け、公開候補では客観的な最終撮影日に絞った。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。
モード・アダムスがサンフランシスコ場面の群衆へ匿名出演しているという話がある。だが、007公式は現場訪問とextra出演を認める。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。
冒頭の「実在の会社や人物ゾランとは無関係」という免責は、Zoran CorporationまたはデザイナーのZoranとの紛争で追加されたという話がある。だが、二次資料が半導体企業と服飾デザイナーの二説に分かれる。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。
グレース・ジョーンズは撮影中、ロジャー・ムーアの部屋へ大人向け玩具を投げ込んだという話がある。だが、IMDbや後年記事で流通するが、制作上の強い発見にならず、当事者文脈と原典の確認も不足するため公開候補から除外。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。
「May Day」はフランス語の救難表現m'aidezを語源にし、キャラクターの結末を暗示するという話がある。だが、一般的なmaydayの語源と人物命名の意図は別。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。
劇中の時計・表示から、ゾリンの計画日や爆破タイマーを現実の1985年暦へ厳密に固定できるという話がある。だが、IMDbの項目127・147は時刻や秒数を具体的に示すが、版ごとの再生とフレーム確認を未実施。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。