まず、「襲った犯人」と「妻を死なせた人物」を分ける
レナードは、妻を殺した二人目の男「ジョン・G」を捜している。しかし映画が示すのは、妻を襲った人物と、妻を最終的に死なせた人物が別だった可能性である。
浴室には二人の男がいた
レナードは覆面の男を射殺するが、別の襲撃者に背後から殴られる。撮影稿でも、撃たれた男とは別に “UNSEEN ASSAILANT” が記されている。
妻がその場で死ぬ瞬間は映らない
襲撃の記憶の最後、シャワーカーテン越しの妻は一度まばたきをする。生存の決定的証拠ではないが、映画は浴室での死亡を確定する映像も見せていない。
サミーの中へ、レナードが一瞬混ざる
施設のサミーは、一瞬だけレナードへ入れ替わる。撮影稿にも、インスリン注射の場面でサミー夫妻をレナード夫妻へ置き換える演出指示がある。
レナードは、自分で次の犯人を作る
レナードは未来の自分がテディをジョン・Gだと判断するよう、車のナンバーを「事実6」として記録する。写真とメモは、記憶より長く残る嘘にもなる。
映画の出来事を、普通の時系列へ戻す
| 順序 | 起きたこと | 確かさ |
|---|---|---|
| 01 | レナード夫妻が自宅で襲われるレナードは一人を射殺し、画面外にいたもう一人から殴られて記憶障害を負う。妻が浴室で死亡した瞬間は映らない。 | 映画・脚本で確認 |
| 02 | 妻がレナードへ何度もインスリン注射を頼むサミー夫妻の出来事として語られるが、施設のサミーが一瞬レナードへ変わり、注射する夫婦もレナード夫妻へ置き換わる。妻が死亡した可能性は高いが、映画は客観映像として確定しない。 | 映像に基づく有力説 |
| 03 | テディがレナードに本物のジョン・Gを殺させるテディによれば、警察が扱わなかった二人目の襲撃者を見つけ、レナードの復讐はすでに完了した。満足そうに笑うレナードの写真も残る。 | テディの証言 |
| 04 | 終わった復讐が、何度も繰り返されるレナードは本物の犯人を殺したことを忘れる。テディはその性質を利用し、別の犯罪者を新しい「ジョン・G」として追わせるようになる。 | テディの証言 |
| 05 | レナードがジミー・グランツを殺すテディに誘導されたレナードは廃屋でジミーを殺し、服と車を奪う。死に際のジミーが「サミー」と口にしたことで、レナードはテディを疑い始める。 | 映画で確認 |
| 06 | レナードが未来の自分へ、テディを犯人として残すテディから復讐が終わっていたと聞かされたレナードは、その説明を忘れる前に車のナンバーを「事実6」として記録する。自分で次の標的を作った瞬間である。 | 映画で確認 |
| 07 | ナタリーがレナードを利用し、同時にナンバーを調べるジミーの服と車を持つレナードを見たナタリーは、彼の障害を確かめ、ドッドを追い払わせる。その後、レナードが渡した車のナンバーからテディの身元を割り出す。 | 映画で確認 |
| 08 | レナードがテディを殺す映画冒頭の殺人が、時系列では最後の出来事。レナードは自分で作った記録を証拠として信じ、テディをジョン・Gとして射殺する。 | 映画で確認 |
白黒パートは時間どおりに前へ進み、カラーパートは結末から逆向きに並ぶ。二つがジミー殺害の場面で接続し、上の01から08が通常の時系列になる。
ネットでよく見る解釈の例は下記なのだが——
妻は浴室で殺され、二人目の犯人が逃げた
レナード自身が信じている説明。覆面の男とは別の襲撃者は確かにいるが、妻の死亡時点と、その男がジョン・Gだったことを客観的に確定する資料は映画内にない。
妻は襲撃を生き延び、レナードの注射で死亡した
テディの告白、サミーとレナードが重なる映像、妻への注射を打ち消す記憶をつなぐ読み方。映画内の手掛かりが最も多く噛み合う。
インスリン事故はサミー夫妻の話で、テディが利用した
テディはレナードを利用する嘘つきであり、妻の生存も注射も彼が作った話だと読む。ただし、サミーがレナードへ入れ替わる演出を説明しにくい。
実際の関係者と脚本を追うと
「主観的な解釈の下に、一貫した出来事を用意した」
ノーランは、複数の解釈が成立する物語でも、その裏側には矛盾しない事実関係が必要だったと説明している。その内容はガイ・ピアースとも共有したが、完成した映画から観客が客観的真実を確認できる形にはしなかった。 インタビュー
「映画は客観的真実を提示していない」
観客はレナードと同じように、誰かの言葉、写真、断片的な映像から自分なりの真実を組み立てる。ノーランは、視覚的な記憶と、言葉で伝えられた記憶のどちらへ重みを置くかが解釈を分けると説明した。 公開時の取材
「観客は、テディの話を信じたがらない」
ノーランは、妻に何が起きたかを知る権威に最も近い人物を、普段から信用できない役柄の多いジョー・パントリアーノが演じたため、観客がテディの説明を拒むこと自体に興味があったと話している。テディの人間性が信用できないことと、その場の説明がすべて嘘であることは、同じではない。 公開当時の取材
「サミーの出来事へ、レナード夫妻を重ねる」
脚本には浴室の二人目の襲撃者、妻のまばたき、サミーからレナードへの一瞬の置き換え、インスリン場面で夫妻を置き換える指示、そして「事実6」の捏造が書かれている。偶然の映り込みではなく、記憶の混線は脚本段階から設計されていた。 収録稿
「短編は、映画の答えを記した原作ではない」
ジョナサン・ノーランが兄へ発想を話し、二人は同じ着想から短編と映画脚本を別々に発展させた。短編の主人公は施設で暮らすアールで、テディやインスリンをめぐる映画の謎は同じ形では登場しない。 AFIの制作記録
「映画が見せない空白期間を、入院記録で埋める」
ジョナサン・ノーランが設計した公式伴走サイトには、レナードが襲撃後に精神科施設で過ごし、後に失踪したとする新聞記事や診断資料があった。映画本編と同じ強さの証拠とは言えないが、妻が浴室で即死したというレナードの記憶だけを唯一の正解にしていない。 ジョナサンの説明
妻を死なせたのはレナード。ただし、故意の殺人とまでは言えない
映画の手掛かりを最も無理なくつなぐなら、妻は自宅襲撃を生き延び、その後、レナードが繰り返したインスリン注射によって死亡した可能性が高い。つまり、妻を直接死なせた人物として最も有力なのはレナード本人である。
妻は、夫の記憶が本当に戻らないのか確かめようとして、短い間隔で何度も注射を頼んだ。レナードは直前の注射を忘れたまま繰り返し、妻を死なせた。そして耐えられない記憶をサミーの物語へ移し、自分には「妻を殺した二人目の犯人を捜す」という役割だけを残した。テディの話、サミーとレナードを重ねる演出、注射の記憶を即座に別の映像で打ち消す場面は、この読み方へ集まっていく。
ただし、レナードが過剰投与に気づきながら注射を続けたのか、記憶障害のため本当に毎回を最初の注射だと思っていたのかは、映画からは決められない。妻の死に対する罪悪感は読み取れても、それを故意の殺人の証明にするのは行き過ぎである。
テディが嘘つきでも、この話まで嘘とは限らない
テディはレナードを利用し、ジミーを殺させた男である。だから彼の告白をそのまま事実にはできない。しかしレナードが信じる記録も、欠けた警察資料、書き換えられるメモ、撮影者の分からないポラロイド、そして本人の記憶でできている。
しかも観客は、レナード自身が写真とメモの仕組みを悪用し、未来の自分へ嘘を信じ込ませる瞬間を見る。一度それが可能だと分かった以上、妻の死に関する記憶だけは安全だと考える理由もなくなる。
限定版DVDの音声解説については、IMDbの収録情報に、終盤20分で複数の解説が切り替わる仕掛けがあり、その一つでノーランが妻のインスリン死と二人目の襲撃者についてテディは真実を話していると説明した、と記録されている。今回はその限定版の実物音声まで直接照合できていないため単独の決定打にはしないが、ノーランの公開当時の発言や映画内の映像とは同じ方向を向いている。
写真は嘘をつかなくても、意味を書く人間は嘘をつける
レナードは、真実を残すために写真、メモ、刺青を使っているように見える。ところが最後に分かるのは、それらが記憶より正確なのではなく、記憶より長く残る嘘にもなるということだ。
妻を死なせたのが自分なら、復讐すべき相手はいない。本物のジョン・Gをすでに殺していたとしても、復讐は終わっている。どちらにせよ、真実を受け入れた瞬間、レナードは生きる目的を失う。
だから彼は、新しい犯人を作る。
『メメント』のラストで明らかになるのは、記憶を失った男が真実を探していたことではない。真実を見つけても生きていけない男が、自分で忘れるべき真実と、信じるべき嘘を選んでいたことなのだ。
この映画を見返す
時系列を整理したあとに、もう一度最初から
レナードが忘れた事実と、テディやナタリーが覚えている時間を並べ直すと、逆再生の場面が違う意味を持ち始める。配信状況と各サービスの公式サイトはこちら。
配信状況は変更される場合がある。最新情報は各サービスの公式サイトで確認してほしい。
調査に使った資料
- 監督インタビューCreative Screenwriting:Christopher Nolan on Memento
- 監督取材 / 2001Movie Habit:Interview with Christopher Nolan
- 制作・公開記録AFI Catalog:Memento
- 撮影稿IMSDb:Memento Screenplay
- 公開当時の取材Filmmaker Magazine:Christopher Nolan's Memento
- DVD解説の候補情報IMDb:限定版音声解説の収録内容
映画内で確認できること、脚本上の演出指示、ノーラン本人の説明を分けて掲載しています。IMDbは限定版DVDの収録内容を見つける候補として使い、実物音声を直接確認した資料とは分けています。テディの証言や注射の映像も、単独で客観的真実を確定する証拠とは扱っていません。